« August 2003 | Main | October 2003 »

September 2003

2003.09.21

発芽玄米弁当

 セブンイレブンの発芽玄米弁当を久しぶりに食べた。ごく少量多種のおかずと発芽玄米ご飯という基本構成は変わっていなかったのだが、ご飯がひじきご飯になっていた。これは悪くない。が、あのコンビニ弁当にしては珍しい独特の二段重ね容器が平板なコンビニ弁当と同様のものとなっていたのにショックを受けた。あの、ランチボックスみたいな容器が非常によかったのに。。。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

輝く日の宮

 遅ればせながら丸谷才一の「輝く日の宮」を読んだ。文学論あり、戯曲仕立てあり、作者自身が顔を出すエッセイ風の部分あり、劇中劇ならぬ作中作ありである。藝の見本帖みたいな感もあるが、それは、読者へのサーヴィスであると同時に小説の世界と現実世界をないまぜにする仕掛けなのである。作品世界の中でのいくつかの層の間での照応というか比喩というか、そういった要素もふんだんにあり、これも小説の世界が我々の生きる現実へ染み出してくる、というか、我々が引き込まれていく、というか、ともかくそうした機能を果たしている。思えば、「本歌どり」という手法にはそういう側面があるのではないだろうか。

 もう一つ。この「輝く日の宮」は「ユリシーズ」(実は読んでいないが)へのオマージュではあるまいか。集英社文庫に新訳も入ったことだし、一つここは挑戦してみようかなどと思ったりした。「源氏物語」はおろか「おくの細道」も読んでいないことに気が付かされてしまったのだが。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2003.09.06

ああ上野駅

 8月下旬から出張が続いていた。岐阜、福島、秋田、茨城である。前三者はみな新幹線に乗っていったのだが、茨城だけは「フレッシュひたち」である。それも、目的地の土浦まではわずか40分強乗るだけ。しかし、新幹線の開通で秋田も近くなった。乗り継ぎや待ち時間を考えれば飛行機と大差なく、天候の影響などを考えれば断然新幹線である。もっとも、秋田に行くのは初めてである。出張を繰り返し、気が付いてみると未踏県が3つとなってから久しかったのだが、今回めでたくそれを2とすることが出来た。残りは宮崎と沖縄である。

 おっと、本題は上野駅だった。

 東京から長距離列車が出るのは、東京、新宿、上野の3駅であるが、前2者と上野駅はまったく違う。それは、上野駅が、人混みの中に故郷の訛を聞きに行く場所だからでも、集団就職のメッカ(?)だったからでも、西郷さんの銅像やパンダがいるからでも、偽造テレカを西アジア方面の出身とおぼしき人が売っているから(今でも売っているのだろうか)でもない。無論、美術館、博物館、音楽会場があるからでもないし、大連駅がこの駅のコピーであるからでもない。この駅は「終着駅」なのだ。東京や新宿は、そこで線路が終わらない。新宿駅のあずさ号のホームは、通過点に過ぎない。東京駅の新幹線だって同じことである。しかし、上野駅は線路が「終わって」いる。ここの点が他の両駅と違うところである。

 ヨーロッパの町の多くの駅(ここでいうのはメトロなどの都市内交通の駅を意味しない)は、町から外への出口であり入り口であるという認識が強いと思う。それは言葉の意味通りの「ターミナル」なのだ。例えば、パリには北駅、東駅、サン・ラザール駅、リヨン駅、モンパルナス駅というそれぞれ行き先方面(イギリスとかドイツとかノルマンディの方とかイタリアとか南仏とか)事に異なった長距離列車のターミナルがあり、それは、それぞれの方面に向かってのパリからの出発点なのだ。そして、それぞれの駅同士はつながっていない(くどいようだが、メトロなどで結ばれているということはある)。良く知らないがロンドンだって同じことだろう。

 もちろん、長距離列車がその都市を経由していくということはある。しかし、例えば、ミュンヘン駅はやはり線路が「終わって」おり、ウィーン発パリ行きの列車は「Y」の字にたとえると右上から入って下でミュンヘン駅に立ち寄り、左上に出ていくのである。
 上野駅で、駅正面からコンコースを通って中央改札を入ってホーム方面へ歩く。そうすると長距離列車の線路の末端に着く(これが線路が「終わって」いる駅の基本的な構造)というのは趣のあるものだ。旅に(といっても今回45分ほどだったが)出るという感じがする。山手線やらからホーム途中の階段を使ってしまうとこれは味わえないのだが。

 東北新幹線に東京から乗ることが出来るのは、特に、例えば名古屋から福島に向かう乗客にとっては、確かに便利なことである。これを、山手線を使って乗り換えれば良いと断じるのは、あるいは、東京への一極集中主義を省みない奢った考えなのかもしれない。もっとも、将来、中央新幹線のようなものが仮に出来たとしたら、始発は新宿ではなくて、きっと東京になることだろう。あるいは成田かもしれないが。

 しかし、生活圏の中での移動とそこから外へ出ていく入ってくる、ということには別の感覚があった方が良くはないか。「エントロピーの増大」とか「宇宙の熱的な死」とかそんな言葉が頭を去来してしまうが、まあ、そこまで行かなくても、やはり、メリハリを利かせた方が生きていくためにも色々と良いのではなかろうか、と。この点で、鉄道を町の中心まで入れなかった先人の知恵は、何も治安とか防衛とか煙で洗濯物が汚れるとかニワトリが卵を産まなくなる(っていうのは「町」の話ではないが)だけではなかったのだろう。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2003.09.02

サンロード

 吉祥寺駅北口のアーケード街、サンロードの屋根が外されている。屋根をかけ替えて、一部は開閉可能なものにするのだそうだ。1971年にここに屋根がかかって以来このような工事は初めてだから、この通りの空が見えるのは30年ぶりである。この風景が非常に郷愁をそそるのだ。

 別に智恵子を気取るわけではないが、空が見えるというのは良いものだ。もちろん、近所の運動公園のようなところを通ったり、最近は全然行かないが競馬場に出かけたり、砂浜だっていい、高い建物の少ない町を訪れたり、車窓から水田地帯など見れば、当然そういうときには、空は見える。空が視界の一定量以上を占めるという状態を経験できる。しかしやはりポイントは、日常生活の中で+普段見えない事態で、空が見えるということだろう。これは、なかなか心動かされるものがある。

 30年以上前の風景を思い起こさせるのか(もちろん、一所懸命思い出そうとしてもその時の風景などくっきりと思い浮かべることは出来ない)、それとも、単に自分で無意識のうちに心の中に作り上げている「懐かしい風景」とシンクロするのか、そこのところは、よく分からない。が、とにかくそそるのだ。

 風景は思い浮かべられないが、このサンロードをバスが通っていた光景は覚えている。吉祥寺北口駅前に着くバスは一種の循環経路で、バスがすれ違うということはなかったのだが、しかし、一方通行であったとしても、歩道などというもののないしかもかなり狭い商店街を行くバス、今から思えば、いや当時のリアルタイムですら、よく事故が起きないものだ、と思ったものである。車内から、人にぶつかりはしないか人を轢きはしないかとハラハラして見守っていた、その映像を覚えているのだ。

 実は、この映像は、自分の中ではプレイバックされることは少なくはない。しかし、この(あの)アーケード街をバスが通っていたなんてなぁ、という思いがその光景に対する決まったリアクションだったのである。しかし、アーケードが外されたサンロードにあっては、その感慨は微妙に違うものとなるのだった。少ぉしリアルなものとなる、と言うか。大げさにいうと、ちょっとしたタイムスリップの感覚である。

 もう一つ。アーケードの下からは、両側の建物のアーケードより高い部分というのは、当然のことながら見えない。しかし、アーケードの一時的な撤去によって、これが白日の下に(大げさか)曝されてしまうのであった。「見えない部分に無駄な投資はしない」ということがこれほど明らかになることもない。しかし、それぞれのお店によって、見えない部分の顔が見えるということは、「違い」を見せてくれて(「投資」の違いではない。建物の趣味というか様式というか)、これはこれで安心させてもらった。アーケードによって水平に切り取られた部分の下の店屋の光景は不思議に均一なものなのだ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« August 2003 | Main | October 2003 »