プレートルのこと
旧聞ですが、さろん・ど・巴里路庵さんのところの日記で、プレートルの日の記念演奏会のことが取り上げられていました。さろんの店主さまは、演奏に参加していらっしゃった方、とのこと。
当日の演奏会は「お祭り」のようなものだったという意見には全く賛成です。また、プレートルの演奏も「やりたい放題」でした。ワタクシはプレートル先生は敬愛しているので、ラジオで生中継されたこの催しはとてもいいものだと思いました。
ただ、プレートル先生は、この日に限らず、どんどん「イッてしまっている」演奏が増えているようです。同じ「こうもり」序曲、ラジオで放送された今年の初夏?位のトゥールーズでの演奏では、このパリでの演奏に比べても崩しが一段と激しく、「ここまでやるか?!」というような長大なルバートや急激なテンポ変化、そのせいでオケ崩壊という場面も数多かったように記憶しています。
まずは、なんと言いましょうか、功成り名遂げた人の音楽だと思います。フツーの人がやったら相手にされないのではないか(そもそも演奏者の方々が反旗を翻すのでは)と。しかし、それは、「エライ」から、ということではなくて、あの年で非常な情熱を持って表現したい、という気持ちが放射されていて、それ自体にも打たれてしまう部分があるのではないかと。
演奏自体には、こんなにデフォルメしなくたっていいではないか、と思うときもある反面、ツボにはまると実に気持ちいいのも事実で、「もっともっと」状態になるわけです、ワタクシとしては。
ただ、こういう演奏に支持・共感があるのは、単に「巨匠・長老趣味」ではなくて、柴田南雄氏いうところの低カロリーの演奏の流行時代を過ぎて、新しいロマン主義の時代が来ているせいもあるのではないかと思ったりもします。
「音楽」カテゴリの記事
- 大瀧詠一の死に思う(2014.01.04)
- LPを聴いてみました(2012.01.05)
- 「イル・トロヴァトーレ」@新国立劇場(2011.10.11)
- 「パルジファルと不思議な聖杯」@新国立劇場(2011.07.24)
- メト来日の「ドン・カルロ」(2011.06.19)
Comments
たぶん、ドイツオーストリーのオケだと今のプレートルとは案外マッチするのかもしれません。
Posted by: ガーター亭亭主 | 2004.12.29 at 10:49 PM
おかえりなさい(^_^)。
Pretreは1月15日のWiener Symphonikerを
無事ゲットしました。この日は15時以降、ほぼ
ムジークフェラインにいずっぱりになるかと(^_^;)。
やっと彼の実演に出会えます。
そのときの印象はまた、自分のBlogででも。
Posted by: じぃ | 2004.12.29 at 05:10 PM