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2005.06.14

「春」のこだわり

通勤時間が東京に比べて圧倒的に短いので、通勤の友としてのCD聴きの時間が減ってしまって、などというと贅沢な悩みなのですが。今日の通勤の友は、ジンマンのシューマン交響曲第1番「春」。

近年のジンマンらしいきびきびした運び、特に金管やティンパニにピリオド入っている筋肉質の響き、同時に歌も豊かだし、リズムとかスケールのモチーフもよく聞こえてきて、その結果として、如何にも「生命の湧き立つ春」という音楽になっていて、かなり良いです(ただし、スケルツォだけは入りがつんのめるのと第1トリオのテヌートテヌートした弾き方がいただけませんが)。ファゴットが所々、あれ、と強調されるのは、新校訂の楽譜によるものかどうかは分かりませんが、これも悪くない。

で、この曲ワタクシにとっては大きく分けて2つ関門があるんです。

 一つは、1楽章の終結に向かう部分(最後の2分くらい)。楽譜が手元にないのですが、弦の執拗なリズミックな運動による追い込みが一度沈静化し、フルートを中心とする木管の六度跳躍と下降音階からなる音型に導かれて弦の幅広い歌の部分となり、ちょっとひなびた響きの木管の経過句の後、フルートの上向音階に続いてホルンとトランペットが凱歌を奏で大団円、とまあこんな具合に1楽章は終わります。が、この辺り、音楽の多彩な表情、色の変化をうまく表しながらも、緊張感、推進力というか終結への意志を維持しつつ運ぶというのが、案外難しいと思います。そうでないと何だか唐突な部分の連続になってしまうのですね。

 ここは、ジンマン、よかったです。合格。


 が、もう一つの関門、これは、かなり局部的なものなんですが、ここは残念ながら不合格。

 それは、4楽章の後半に向けて音楽が一段落するところ。森のホルンのソリの吹奏があって、トリルから入るカデンツァ風のフルートの少し長目のソロが終わって、旋律に戻るまさにその部分、メロディーへのアウフタクトにファゴットが重なる2つの音。ここはファゴットが入って既にカデンツァではないわけですが、それに続く部分とは断じて同じではないと思うのです。カデンツァの最後フルートが心持ちリタルダンド、そこから、音楽が目覚めるその瞬間、2つの世界のまさにブリッジ、というか何というか。ここの部分もなかなか難しい(同じ移行が前半?二もありますが、そこはここほど印象的ではありません)。

 で、ジンマンは、この2つの音の部分、新しい部分に既に入り過ぎた演奏になってしまっていて残念。


 局部へのこだわりといえば、昔、ブレンデルの弾いたシューベルトの変ロ長調のソナタ、第1楽章の提示部の繰り返しをしていない(ことによって1カッコ内のそこにしかない音型が演奏されないことになる事実)だけのために、レコ芸月評子がこれを推薦盤としなかった、ということがあったのを思い出しました。唐突ですが。

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