人前でそんな。。。
人前でするのは恥ずかしいことがあります。あ、ワタクシがということではなくて、「一般的」に。
たとえば、排泄、性行為、食事、睡眠なんて言うのは、まぁ、程度の差はあれ、それに入ると思います。
これは、しかし、なぜ「恥ずかしい」と感じるのでしょうね。
どうもこれ、人前ですると危険だからということにつながっていくと思うのです。
まず、これらの行為中に仮に敵に襲われたら、逃げにくいんじゃないでしょうか。あ、食事はそうでもないけれど。上杉謙信なんてトイレで殺されてしまいましたしね。だから、そういう危険はおかさない、と。こう考えてみると小田原の連れ小便(だと思っていましたが関東の連れ小便という言い方が一般的なようですね)というのも、なかなか意味深い約束行為だなぁ、と思いますねぇ。
もう一つは、これらは欲望を充足させる行為だということ。しかも生きていくのに必要不可欠な(性行為は個体にとっては必要不可欠ではないけれど、人類という種にとっては生き残りの必須条件)。で、これらを人前ですると、これを目の当たりにした人に、「あ、いいな、自分もやりたい」と思わせてしまうと思うのです。睡眠や排泄は、勝手に隣でやられるのは別にかまいませんが、食事だったら自分が食べているものをとられてしまう危険が生じます。こういう意味でも人前でするのは危険ということになると思います。
で、よく地下鉄のホームとかで、若い男女が延々とキスをしたりしているのをこちらではよく見かけます(日本でも多いのでしょうか、最近は)。ハグとかビズ程度のものではなくて、それはもう2人の世界に入っているのではないかと思うほど。あれを彼らは恥ずかしいとは思っていないと思うのですが、なぜでしょうかねぇ。
ああ見えても危険な目に遭うほど没入・集中していないのか、それとも、あれは、彼らにとっては別に欲望を充足するようなものではなく、単なる軽い挨拶の範囲と言うことなのか。いずれにしても、愛情が深いから、ということではないのでしょうね。
« キューバでオペラ | Main | 6月の歩数(BlogPet) »
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- 大瀧詠一の死に思う(2014.01.04)
- 日常と非日常、今後のために(2)(2011.03.20)
- 日常と非日常(1)(2011.03.17)
- 計画停電(2011.03.16)
- 地震の日(2011.03.15)
The comments to this entry are closed.
Comments