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2005.12.13

デッセイ、ポルタル、カニーノ

ディマンシュ・マタン(日曜日の朝)のコンサート、今回はブルーノ・カニーノのピアノとミシェル・ポルタルのクラリネットによるベルク、ブラームス、シューベルトの室内楽の演奏会でした。と書きたいところなのですが、国民的ソプラノ?のナタリー・デッセイが1曲だけ出演するという一足早いクリスマス・プレゼントに、普段は平土間+桟敷の客席が全部は埋まらないところがそれに加えて第1バルコニー、第2バルコニーの各層までがぎっしりの場内という事態となりました。

曲目は、ベルク/クラリネットとピアノのための4つの小品、シューベルト/16のドイツ舞曲集D.783(ピアノ独奏)、ブラームス/クラリネット・ソナタ第1番ヘ短調、シューベルト/「岩の上の羊飼い」(ソプラノ、クラリネット、ピアノ)でした。

カニーノは、泰西名曲ではロッシーニの晩年の作品集、ゴールドベルク変奏曲などの音盤はありますが、むしろ、アッカルド(ヴァイオリン)とのモーツァルトのソナタ集や今をときめく?フォーグラー(チェロ)とのベートーヴェン&シューマンの曲集など、合わせものに非常に優れたCDを挙げることができます。7,8年前に同じディマンシュ・マタンの会でブラームスのヴァイオリン・ソナタを(う、ヴァイオリニストを忘れた)聞いたときも、相手に息を合わせながら自分の音楽もしていく様(基本的にベタベタせずすっきり聞こえてくるが冷たいわけではない)に感嘆したものでした。
もちろん、ソリストとして技量が足りないとかそういうことではないのは、この日の「ドイツ舞曲集」を聞いても明らかでした。3拍子の似たような曲が続き単調に聞こえかねないこの曲集を、各曲ごとに精妙に音色、タッチ、響きを変えて性格をきちっと弾き分け、もちろんそれだけではなくて、音楽的だなぁ、としか言いようのない自然な息づかいと歌の中に、優美さ、快活さ、静けさなどが実に美しく表現されていました。基本的に清冽で明るい音でのシューベルト、ベルク、ブラームスというのも好いものですし。好きですねぇ、この人。

ワタクシ的にはもう一人の主役はポルタル。いつも同じことを思いますので、既に書いているかもしれませんが、表現の幅が広くアイディアの引き出しの多い人です。特にそれが生きていたのがブラームス。作曲者晩年の枯淡の境地、なんてことはどこ吹く風、アグレッシブに発止と切り込んだかと思うと、再弱音で忍び寄りまた去っていく。次から次へと多彩な技を繰り出し、また静と動の交錯する一流の武道家の動きを見るような気がします。この思いは彼の演奏中のたたずまいからの印象とも関係があるかもしれませんが。美音とかそういうことにはあまり(まったく?)興味がなく、音楽をやりますという感じを受ける演奏です。
こういう人と合わせると、現代音楽の演奏家としてもトップランナーの一人である(「であった」かも)カニーノは、上に書いたのとはまた別の本領発揮です。硬軟とりまぜたという意味で本当に柔軟な音楽家です。

このブラームスは本当に刺激的で堪能させられるものでした。

さて、多くの聴衆のお目当てであったデッセイを加えてのトリオとなった最後のシューベルト。歌手が主役と捉えられるのが普通(?)のこの曲ですが、ワタクシには、クラリネットのオブリガート付きのピアノ伴奏歌曲というよりはトリオのように聞こえます。もっとも演奏によるわけではありますが。

デッセイも最初の方こそ調子が出ない感じではありましたが、持ち前の演技力(歌のです)を発揮して、インタープレイがびしびし決まっておりました。素晴らしい。もう夜の女王は歌わないと宣言したのは、今春の声帯ポリープの手術よりも前のことだったと記憶していますが、その短めのブランクを経て接すると、もはやラクメやオランピア(あるいはツェルビネッタも)ではないのだなぁ、と痛感します。では今後どちらに進むのかということなのですが、ベルカントの狂えるヒロインたちという選択肢は一番ありそうな道であります。というのは、テクニック的にというよりも彼女の真の武器である演技力が最も生かせるから、というのがワタクシなりの理由であります。そうするとドイツ・リートも良いんじゃないか、というワタクシの期待を、この日のシューベルトは、裏切らないものでした。

対するに、カニーノとポルタルは、曲が曲ですからブラームスほどは過激ではないものの、果敢な攻めが随所に見られる、つまりは、上に書いたことがそのまま当てはまる演奏でした。

満足です。

が、女王様は満足なさらなかったようなのですね。

満員の聴衆のアンコールに応えて、この12分の曲をそっくりもう一度演奏したのです。

ワタクシの勝手な想像ですが、やはり前半の声の滑らかさを欠いた辺り、ご自分の出来に不満が残ったのではないでしょうか。というのは、アンコール時、演奏の位置につきかけたときにカニーノとの間に何かのやりとりがあった後、彼女は何か聴衆に向けて言ったところ(ワタクシには聴取不能)、客席がどっと沸き、デッセイは一枚ずつ楽譜を確認して、全部あるわよ、という顔をして見せたのです。この一連の出来事のワタクシの解釈は以下のとおりです。

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カニーノ「アンコール、どこからやる?」
デッセイ「全部やりましょう(前半のさっきの出来、あれがワタシと思われちゃ困るのよ)」
カニーノ「・・・全部・・・(長いよなぁ、早くバールにでも行きたいのに)」
ポルタル(ニヤニヤ)
デッセイ「(客席に向かって)全部聞きたいですよね、ね、やりますからねっ」
カニーノ(渋々)
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確かにアンコールの出来は更に素晴らしいものでした。

恐るべし女王様。主役の座をきっちりさらって行きましたとさ。

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Comments

retinaさま

まあ、あちら立てればこちらが立たずということかと。トリスタンは、好きかどうかは別として(特に演出)、やっぱり「観るべき(聞くべき)」公演だと思われます。

Posted by: 亭主 | 2005.12.14 at 03:45 PM

ガーター亭様 やっぱり一週間遅らせれば良かった・・・重要な会議もクリアできたし、そこまでしてトリスタンを観るべきだったのか・・・オッフェンバックを聞くべきだったのか・・・ラインの妖精は素晴らしかったけど・・・ただただうらやましく思っております。

Posted by: retina | 2005.12.14 at 03:58 AM

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