遠近両用
近視用のメガネをかけ始めたのは中学生の時だから、もう35年近く前のこと。昔は度が進んだり、乱視が加わったり(?)など、メガネを作り直す必要が結構頻繁だったのですが、その後は安定して、物理的にメガネが壊れたり、紛失したり(海で泳いでいて(!)なくしてしまった)したために買い直す機会の検眼結果は前回と同じ、ということが続いていました。目に関しては特に問題もなく過ごしてきたのです。
ところが、2年ほど前、会議中、どうも資料、特に細かい字のものがどうも読みにくい。
近視用のメガネをかけ始めたのは中学生の時だから、もう35年近く前のこと。昔は度が進んだり、乱視が加わったり(?)など、メガネを作り直す必要が結構頻繁だったのですが、その後は安定して、物理的にメガネが壊れたり、紛失したり(海で泳いでいて(!)なくしてしまった)したために買い直す機会の検眼結果は前回と同じ、ということが続いていました。目に関しては特に問題もなく過ごしてきたのです。
ところが、2年ほど前、会議中、どうも資料、特に細かい字のものがどうも読みにくい。
ジョルダンのモーツァルト/交響曲第34,35,36番です。手兵の一つだったアンサンブル・オルケストラル・ドゥ・パリを指揮してのものです。
これ、とても良いです。
ジョルダンらしい、すべての声部が見通しよく聞こえてくる、時には豪放時には優美、繊細で丁寧で、そして温かい血の通った演奏です。
すべてがあるべき姿でそこにある、とでも言いましょうか。モーツァルトのように、ニュアンスがめまぐるしく変わる音楽でこれが実現されると、快感であります。
とある人のブログで、とある旧友の消息を知り、メールしました。大学時代に一緒のコトをやっていたのですが、その後は、街で多分1回偶然会ったことがあるだけで、働きはじめた当初の仕事はお互い知っているものの連絡を取るわけでもなく、推定18年ぶりでした。
岡田斗司夫の最新作(たぶん)です。新潮新書。
まだ読み出したばかりですが、これは面白いです。50キロのダイエット体験を基にしているのは言うまではありませんが、第一章は「「見た目主義社会」の到来」です。なぜやせなくちゃいけないか、というところから入るわけです。理由は単純明快で「デブ」は損をするから、ということです。健康面とか選べる服の範囲の狭さとかそういう点ではなくて、太っていると「デブ」というキャラ付けがなされて、それにより、仕事を含んだ対人生活でどんどん損をしていく、とそういう主張です。そうして、痩せると自分も(肉体的にも)楽だけれど、周囲の人の文字通り自分を見る目が変わってくるのが実感できて、これが一番大きなメリットだと。
実はココまでしか読んでいませんが、これはきっと面白いと確信させる本です。
亭主も太っており、過去に20キロと30キロのダイエットに一度ずつ成功していますので、彼の主張には実感を持って首肯することができます(ちなみに岡田氏も20キロと30キロのダイエットに一度ずつ成功している由)。
ダイエット関係の本の名著ナンバーワンは、岩城宏之の「男のためのヤセる本」だと信じておりますが、もしかして、その牙城を揺るがすかもしれません。
ブーレーズ/ニューヨークフィルのワーグナー序曲集。「マイスタージンガー」前奏曲、「タンホイザー」序曲、「ファウスト」序曲、「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死が入ったLPです。
ブーレーズは、66年に「パルジファル」を指揮して、バイロイトデビューを飾り、その最終年70年の公演はDGから音盤化もされています。この間、67年には大阪のバイロイト引っ越し公演では、「トリスタン」も指揮しています。そして、76年からはシェローとのコンビで「指輪」の制作を80年まで続けました。始まりも終わりも「パルジファル」のちょうど10年後のプロダクションということになりますね。
これは、ちょうどその間に当たる1973年の録音。71年から音楽監督を務めていたニューヨークフィルとのものです。
以前に、ウィキペディアで同い年の人が分かるとご報告しましたが、同じ誕生日の有名人も分かることを発見しました。
まず、ここに行って、該当の日付をクリックすると、その日の歴史上の主な出来事、その日が誕生日の人、その日に亡くなった人などが表示されます。マンガの主人公などフィクションの人物も含まれたりします。
へぇ、フランク、メシアン、テミルカーノフ、吉野直子と誕生日が一緒なんだ、ワタクシは。ハイフェッツが亡くなった日でもあるようです。年ごとに並んでいますので、場合によっては生年月日が同じ人が見つかることもあります。
亭主と生年月日まで同じ人は、佐藤浩市、ケネス・ブラナーでした。俳優さんの当たり日なのかも。
「魔笛」の映画は、コンロンが指揮を担当しているし歌詞が英語なので見ないつもりでしたが、こりゃぁ、見ざるを得ないかも(嘘、見ません)。
続けてホロヴィッツ来日公演ネタですが。ちなみに、当時のNHKの公式表記は「ホロウィッツ」だったようですね。ポリーニもポッリーニだかポルリーニだかポル(小さいル)リーニだかの表記を続けていたと思うのですが、今はどうなっているのでしょうね。
尾高忠明指揮東京フィルのドヴォルザークの8番。
この盤は、東京フィル創立80周年記念として91年に出た「東京フィルハーモニー交響楽団名演集・I」というボックス5枚組の1枚です。このセットには尾高ではブルックナーの7番も入っていますし、他に東フィルと縁の深い岩城宏之(今井信子との「イタリアのハロルド」など)、ジャン=バティストゥ・マリ(ビゼー、ドリーブ、ドビュッシー)、クワドリ(ローマの噴水、モーツァルトなど)指揮による演奏が収められています。
これらはほとんどが定期演奏会の録音なのですが、この尾高のドヴォルザークは84年の「プラハの春」へ東フィルが出演したときの記録(併録の序曲「謝肉祭」はその直前の羽生市でのライブ)です。

ビゼーの交響曲というと、このハ長調のものの他にも「ローマ」と題されたものがあって、他にも習作で破棄されたものがあるとかないとか。
この曲、初めて聞いたのは、スウィトナー/ドレスデン・シュターツカペレの録音でした。今聞いても、これ、独特の軽みが魅力となっているすばらしい演奏だと思います。その後、クリュイタンスとかビーチャムとかも聞いたんでが、やっぱり、刷り込みというのは恐ろしいもので、スウィトナーのものが、未だにデフォルトです。ホルンもダムですし。
しかし、ビゼーを聴くと本当に思うのは、青空が見えるんですよね、この人の曲を聴いていると。「ミラクル博士」なんてのをのど自慢バンド的な伴奏で見たことがあるのですが(@サル・ガヴォー)、それでも、「ああ、ビゼー」と感じる響きを随所に感じました。こういう、自分の色を持っているというのは、天才の一つの証であると思います。
<8月14日、スウィトナー盤のLPジャケット写真を追加アップしました。この盤、今はDENONのクレストシリーズで手軽に求められますが、それはスウィトナーの顔写真がジャケット。LP(日本コロムビア)のジャケットは、湖面に森が映るシンメトリカルな美しい風景写真を用いて、ハ長調の交響曲2曲のカップリングという収録内容をうまく表した、センスの良いものでしたので、ここに登場してもらった次第です。)
LPはスペースの問題もあって、10年ほど前にかなり処分してしまいました。それでもCD化されていないもの、大切な演奏家のものなどは残っていますが、それ以来、LPプレイヤーは回していませんでした。
それが、この間、ペーター・ダムの盤のCDが出た折り、LPの解説文など確かめようと引っ張り出し、聞いてみたくなり、というわけで、プレイヤーのスイッチを実に久しぶりに入れました。
7月の歩行記録です。
歩数 342721歩(11055歩)
消費カロリー 13494kcal(435kcal)
歩行距離 245.21km(7.91km)
( )内は1日平均
7月も目標の一日一万歩をクリアしました。帰国後3ヶ月連続です。歩く東京生活。8月もがんばります。
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