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2007.08.16

ひびの入った骨董

続けてホロヴィッツ来日公演ネタですが。ちなみに、当時のNHKの公式表記は「ホロウィッツ」だったようですね。ポリーニもポッリーニだかポルリーニだかポル(小さいル)リーニだかの表記を続けていたと思うのですが、今はどうなっているのでしょうね。

さて、当時の放送では、ベートーヴェンのソナタの後、シューマンの謝肉祭が演奏されて休憩に入ります。このシューマンは、危なかっしい、というより、ミスタッチが曲の姿を違うものにしかねない部分が多数出てくるにもかかわらず、全体聞き終えると「音楽的にはなかなか素晴らしいじゃないか」という感想を持ちました。それはもちろん音楽として表現しようとする中身が非常に豊かなもので、特にゆっくりとした部分ではそれを色濃く感じることができるために、テクニック的に頭を抱える部分のマイナスを差し引いても全体としてポジティブになるという結果なのだと思います。
これって、作曲家というか曲によるんでしょうね。テクニック的な達成度と音楽表現(ってすごくアレな言葉ですし、この2つの要素は二分されるわけではないですし、そもそもテクニック抜きの音楽表現なんてないのでしょうが、ま、ここではそこはザクッと)がどういう風になっているときに満足感を得られるかは。

で、休憩時間に流されるのは当日の聴衆へのインタビューです。この番組、演奏会(6月11日)の翌日に放送されたもので、このインタビューも休憩時間でのものか終演後のものであるかは分かりません。

登場するのは、一般の音楽ファンが数人と、チェリストの堤剛氏、ピアニストの神谷郁代氏、そして、吉田秀和氏。まあ、テクニックは衰えたなぁ、というのは分かってはいるけれども、そこのところにはあまり触れずに(さすがに神谷氏は一言言及しますが)良いところをほめるというコメントが番組には採用されています。老巨匠に優しい日本人、というべきか、自分はもしかしたら日本で唯一のホロヴィッツ来演に立ち会ったのかもしれないのに、それを一方的にくさしたくはないという気持ちか、というところ(というかそういう番組作り)なのですが、そこにあの有名な「ひびの入った骨董」という吉田氏のコメントが出るわけです。改めて聞いてみると他の人が絶賛する中でズバリとテクニックの衰えを正面から言った、というよりは、この時のホロヴィッツの来日、演奏、それに対する聴衆の受け止め方、そうした色々な要素を「骨董」という言葉で表したこの発言に、ワタクシは批評の芸を感じます。以下再録。

「僕は、実際に聞くのは初めてでね、とても期待して聞きました。それで、やっぱり何と言ったって、今世紀の、最高級のピアニストの1人としていらしてた(?)人ですからね。だけど、、、今は、やっぱり年を取ったな。。。そして、僕、人間をそういうものに比べるのは嫌いだけども、やっぱり、一種の骨董品だと思います。骨董品だとね、好きな人はもう幾らお金を払っても好きですよね。けども、好きじゃない人はもう必要ないわけだ。そういうものの領域に入ったから、どこんとこが上手かったとか、どこんとこがまずかったとか、そういうことを言ってもしょうがないような、そういう人になりましたね。ただし、、もうちょっと早く聞きたかったねえ、やっぱりね。骨董としてもちょっとひび入ったな。」

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