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2007.11.09

古典四重奏団のショスタコーヴィチ

第一生命ホールでのカルテット・ウェンズデイ、古典四重奏団がやっているショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲全曲ツィクルスの第3回に行ってきました。
ほぼ一年前に書いたように、ショスタコーヴィチは、手術の予後、入院中に交響曲全曲を聴くという暴挙に出て以来、苦手というか、敬遠する作曲家となっておりました。まあ、最近は少しずつ復帰(?)してきているといったところです。
でも、今まではほとんど交響曲、管弦楽曲だったのですね、ワタクシが聞いていたショスタコーヴィチは。もちろん、15曲の弦楽四重奏曲はすごいらしいのでいつかは聞きたいと思いつつ、上述の「敬遠期」もあってこの秋まではほとんど全く手つかずだったのです。

10月3日の第1回(仕事で行けず泣く泣くチケットを無駄に)、17日の第2回(これは行けました)と同様番号順に3曲ずつ取り上げるというプログラミングで、今回は、7、8、9番でした。

素晴らしかったです。

といっても、他に比較の対象を持たないワタクシなのですが。いずれも生で聞くのは初めてですし、CDはボロディンSQのものを持ってはいますが、今回の演奏会に向け、通勤時にiPodで流し聞きした程度ですから。というか、回りががさがさしている車内とかで聞く音楽ではないですね、これは、まったく。お恥ずかしい。こんなことで、ショスタコーヴィチは苦手とかしゃぁしゃぁと言っていたのですから。
それでも不思議なもので、一回生でちゃんと聞いた後だと電車の中のiPodでも何だか音楽が聞ける、というか、実際のところは、iPodから流れる音を頼りに生のときの体験を反芻しているということなのでしょう、きっと。

で、当夜の古典四重奏団の演奏は、尖って「立った」ものだと感じました。といって冷たい感じではなく熱いものでした。静かな部分も、温かいというか柔らかい印象は受けず、厳しいものでした。あまりに「らしい」理解になりますが、困難な時代に生きる人間がすぐれた仕方で自分という存在を突き詰めて見て表現したもの、というか。曲そのものがそういうものなのでしょうけれど。

という受け止めなものですから(?)、一番感銘を受けたのは、第8番でした。9番もなかなか優れた演奏なのだとは思いますが。8番が終わったときには、拍手とかする気にもならなかったのでした。そして、こういう音楽の後で何でみんな拍手が出来るのだろう、とか思っておりました。そして、トスカニーニの、自分の演奏の後に起こる聴衆の拍手に対して「なぜ拍手なんかするんだろう」「しかし、あなたの演奏に感動したから拍手するのではないのですか」「いや、私は音楽を聞いて感動したときには拍手などしなかった。泣いたのだ。」というやりとりをしたとかいう逸話を思い出しました。確か、タウブマン著の伝記に載っていたと思います。
あ、私は泣いたりはしませんでしたが。

とりあえず、今季のこのツィクルスは終わり(来季に続きます)ですが、ミッチーの交響曲ツィクルスにふらっと行きたくなってきました。

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