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2008.12.04

証言 フルトヴェングラーかカラヤンか

Fk「証言 フルトヴェングラーかカラヤンか」は、この両指揮者の下でベルリン・フィルに在籍した楽員(カラヤン時代だけの人もいる)に行ったインタビューを集めたものです。
基本的には、両者の違いについて語ってもらおうということなのですが、それが人によってとらえ方がかなり違っており、興味深いものとなっています。とはいっても、フルトヴェングラーについてはほぼみな同じで、カラヤン評がかなり異なると言うところでしょうか。フルトヴェングラー時代をある程度の長さ経験した人、カラヤン時代の初期から共に歩んだ人、カラヤンが帝王となってから入団した人、さらにはアッバード、ラトゥル時代まで経験している人、という世代の差もかなりの程度反映しているようです。世代の差と言うよりは、自分が充実していたときはいつだったのか、ということかもしれません。
また、オーケストラと指揮者の関係として、指揮者はいるだけで自分たちは自分たちの音楽をすると言う人もいれば、指揮者が音楽を作るので自分たちはそれを実現するためにパーツとして(とまでは言っていませんが)存在している、と感じている人もいたりして(まあ、実はこの両者は同じ事柄を違う側面から言っているに過ぎない気もしますが)、それによってもカラヤン評はかなり変わってきます。
ほぼ共通しているのは、晩年のカラヤン(とベルリン・フィルの関係)は不幸なものだった、ということ。それから、カラヤンの映像作品のために「プレイバック」(アフレコの逆で、演奏を先に録音してそれに合わせて演奏シーン(それも実際にはあり得ないような不思議なシーン)を撮影して合成すること)には、みんな辟易していること。

ところで、書名を見て思い出すのは、元ベルリン・フィルのティンパニ奏者であるヴェルナー・テーリヒェンが書いた「フルトヴェングラーかカラヤンか」。これは、結構強烈なカラヤン批判本なのですが、「証言 フルトヴェングラーかカラヤンか」の中でも彼は二度にわたりインタビューを受けており、やはり、カラヤン批判、フルトヴェングラー礼賛を繰り広げています。で、ワタクシ的には、本書の白眉は、冒頭に置かれたテーリヒェンへのインタビューと、それと対をなす最後のオズワルト・フォーグラーへのそれ。テーリヒェンは、ある時からカラヤンと対立(というか、干された)してしまうのですが、逆に非常に重用されたティンパニストがフォーグラーなのです。そこいら辺の事情、というか、当事者の受け止め方は、なかなか面白いです。

エピローグとして、テーリヒェンの訃報(二度目のインタビュー後、程なく彼は逝去しました)が届いたエピソードが綴られています。この書名も、テーリヒェンへのオマージュのように思います。そして、それは彼に代表される、ベルリン・フィルの楽員たち、さらには音楽家という職業への、深い敬愛の念なのかもしれません。

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