鼓笛隊の襲来
「バスジャック」の三崎亜記の最新(といっても昨年4月ですが)短編集です。実は、「バスジャック」の後に同じく文庫化されている、デビュー作の「となり町戦争」を読んでいます。それも隣町との地域振興のための戦争という非日常的なような日常的なようなそして不条理な設定の中で、喪失感と淡々とした悲しみ、その中で生きていく意志を描いた良い作品でした。
ただ、「となり町戦争」では、多くのこと、あまりに多くのことが盛り込まれているだけに(それがデビュー作というものかもしれませんが)、一冊の本としての完成度としては、「バスジャック」に一歩を譲るような気がしました。ここのところは、完全に趣味の問題かもしれませんが。
そして、この「鼓笛隊の襲来」を読むと、短編の方がワタクシには今のところこの作家はしっくり来るようだと思いました。どれにも奇抜な設定の中に不思議な懐かしさがあるものですが、その不思議な懐かしさと一緒にあるのが、恐怖だったり幸福感だったり孤独だったり未来への希望だったり。また、透明で淡々とした叙情性(様々な温度の場合がありますが)は共通しています。
一つあげるとすれば表題作の「鼓笛隊の襲来」。自然との共生、世代間の対立の和解などが、描かれますが、人や物とかかわる力を失ってきた現代の我々にとって、とても貴重なメッセージを発する話です。それが「赤道直下に発生した戦後最大級の鼓笛隊」が列島を直撃する、というどこかユーモラスで突飛なストーリーとして描かれます。これが本書でのワタクシの一番のお気に入りです。
メッセージといえば、星の王子様のキツネの「大切なことは目に見えないんだ」にも通ずる、我々の目に見えているものというのはこの世界のほんの一部で、そして見えないものもすべて受け入れて生きていくことが大切なのだ、という、すべてを包む受容性とある意味での積極的な考え方は、すべての作品に通じているように思いました。
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