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March 2011

2011.03.20

日常と非日常、今後のために(2)

先週の木曜日は気温が低かったので、予想以上に電力の需要が増え、このままでは東京電力管内で大規模停電のおそれがあるという発表が、午後に行われました。火、水と比較的暖かかったため、電力の消費量も順調?で、首都圏などの電車の運行状況なども大分旧に復してきていた矢先の出来事でした。
発表とともに、鉄道各社には列車の本数を減らすなどの要請が行われ、会社では早期の帰宅が緩衝(命令?)されて、夕方から帰宅を急ぐ人の数がどんどん増えるという事態になりました。こうした大口の消費が抑制されたことと併せて家庭での節電にも拍車がかかり、懸念された大規模停電は起きませんでした。

その時、暖房をつけなかったり照明も最低限に抑えていた家庭も少なくないと思います。その時に限らず、節電マインドはかなり行き渡ってきているようで、各自今自分が出来ることは何かということを考えてやっているということだと思います。

こうした動きを「自分の身に跳ね返ってくるときだけそんなことをして」と揶揄する向きもあるかもしれませんが、むしろポジティブに「何か自分ののしたことで社会の役に立つ成果が出る」ということを我々は学んでいるんだ、と捉えるべきではないかと思います。「自分一人が何かをしたって何も変わらない」という無力感(だから何もしようとしない)にとらわれがちな日常。ここ数日の生活は明らかにこれとは違います。これを機に変わっていかなければ、、と思います。

阪神淡路の震災の時に、それまで日本の文化には馴染まないとか思われていたボランティアの活動というのが、大きく広がっていきましたが、今回も、自分が社会に主体的にかかわる存在であるということを私たちは痛みとともに学ぶことになるのではないでしょうか。

そして、それは、(唐突なようですが)「新しい公共」がこの日本に根付くことにつながるのではないでしょうか?というか、ワタクシは「新しい公共」というのはそういうものだと思っています。


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2011.03.17

日常と非日常(1)

地震が起きてから1,2日は音楽を聴く気が起きませんでした。
それは、被災者の方に申し訳ないから自粛するとかそういう意識的なものではなくて、どうにもそういうことをしている自分の姿が想像できなかったのです。こういう時こそ日常の生活を続けることが大切とは思いながらも。

それはともかく、今、東京では多くの音楽会が中止となっています。理由は様々でしょう。電力不足、交通の不如意。そして、その中には「東北、北関東で大変なことが起きているのに音楽など聴いている場合か」という意見への配慮もあることでしょう。また、これに対するに「こういう時だからこそ元気を出すために普段どおりに催しを行うべきだ。それが元気の素になる」という考えもあります。

ワタクシは、原発事故の影響が最終的にどの程度の範囲に広がるのかがまったく分からないし、電気の問題もあるので、少なくともこの数日は音楽会など開くのはどうかと思います。それらの問題について見通しが立ち、そして、被災者の方も含めて多くの方が生存の危機を脱したと言える状態になったとき、音楽の出番がやってくるのだと思います。現地にせよ、東京にせよ。もちろん、個々の人がそれぞれ音楽に癒される、というのとは別の話として。で、その時もきらびやかな照明の下ではないのですが、ワタクシのイメージは。


今日の段階では、プロ野球セ・リーグの開幕について関係者間の意見が分かれています。大きく言って、球団側は予定どおり、選手側は延期、というように見えます。こちらについても電力などの問題があって、ナイターなんかどうなのよ、と思いますが、それとは別に、色々な人が意見を表明する中で、「野球選手は野球をするのが仕事。それによって復興に貢献するのが筋」という言葉、また、「野球選手といっても選手である以前に人間、野球以外にもするべき事がある」という言葉が目にとまります。

人間は社会的な動物で一人では生きていけません。弱いものだから支え合って生きていく。一人一人は社会の構成員としてそれぞれの役割を持つことになります。そしてその役割の一部分が職業です。野球選手とか音楽家とか会社員とか魚屋とか。ところが、現代社会では分業がとても進み、職業に専念する必要が生じていて(その方がある意味で「効率」が良い、たぶん)、職業以外で本来皆が持っているはずの別の顔が見えなくなって、職業=社会での役割と思い込む傾向があります。
確かに、日常の生活の中では、活動している時間のかなり多くの部分が職業に盛れる場合が多いのですが(そのこと自体も問題ですが)、こういう非日常の時こそ、自分が社会で果たすべき役割というのは何かということを考えて行動する場面なのではないかと思います。もちろん、考えた結果が「仕事に専念」ということもあるでしょう。ボランティアとして現地の復旧の手伝いをする、というのもありでしょう。そこはその人の置かれた状況と、それから人それぞれの考え次第です。

そう思ってみると、「野球選手は野球をするのが仕事」と言い切るのは正論のようでいて、実は狭量な考えのように思われます。

日常の中でも、職業は社会での役割の一部分であるということを常に忘れずにいたいものです。こういう非日常こそがそれを思い起こさせる機会となるのでは、と思います。ま、こう言いつつも現実の生活では難しいんですけれどね。

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2011.03.16

計画停電

東京電力管内で14日から行われている計画停電、発表が遅くて準備が出来ないとか、停電すると思って準備したら停電しなかったとか、色々と不満の声が上がっています。確かに、翌日の朝から行う、という13日の夕刻の発表はかなり急で、電気が止まったら生命に関わるような人たちのことを本当に考えていたのか、と疑問に思う部分はあります。また、当初は被災地まで停電の区域に入っていた(後に対象外)とか、鉄道会社との協議が十分に行われず交通に混乱を招いたとか(主として初日の14日)、そういう不手際もありました。また、対象区域のグルーピングの一覧表にミスがあったり、変更(?)があったり、東電ウェブサイトにアクセスできないとか、情報が錯綜もしました。

ただ、なぜ計画停電を行うのかという考え方とどのように実施するのかということをもっと分かりやすく説明して伝えることが出来たなら、多くの批判は起きないと思うのです。
つまり、東京電力だって止めたくて止めるわけではない、けれども、計画的に輪番で停電させる方が、いきなり全体がダウンするよりはまし、という考え。そして、できれば停電は最低限に抑えたい(社会的影響が大きいから)、だから、電力の需給の予測を行って停電の対象、時間帯を予告するけれども、リアルタイムに近い形で需給をモニターして、そしてギリギリのところで最小限の停電だけを行う、なので、予告した範囲で停電の可能性はあるから準備はお願いしたい、けれども自分たちもなるべく停電は起こさないように努力をするし、皆さんも節電をして頂ければ、実際には停電を回避できる可能性が高まるのでよろしくお願いしたい、ということを(多分こういうことなのだと思いますが)、明確に分かりやすく繰り返し説明することが必要なのでは、と。

そして、停電を回避できた暁には、皆さんのご協力と努力によって停電を回避できました、と、何というか、当事者意識を皆が持つことが出来るような形でのアピールを行うことが大切なのではないか。せっかく「ヤシマ作戦」とか言って盛り上がってもいるわけなんだし。

できれば、需要と供給の当初予測と、需要が下がったので停電を行わなくて済んだという結果をデータとともに発信すればより効果的でしょう。そして、(これは推測ですが)最初は何しろ初めてのことだし、予測しがたい部分も多かったために、必要となる停電量をギリギリまで追い込んだ計画を立てることは難しく、それが日一日と改善できていっている、というようなことも合わせて発表できれば。

たしかに、13日夜の記者会見で、官房長官は「予告した範囲で停電の可能性があるということで、その対象地域のすべてで停電が起きないかもしれないし、対象時間帯の中で最大3時間だがそれも短くなるかもしれない」と言っていたと記憶していますが、私の見聞きした範囲では、事実関係にとどまらずなぜそうなのかというところまでの説明は行われなかったのではないでしょうか。

限られた時間、緊急の事態ですから、それぞれ必死の頑張りを続けている担当の方(広報も含め)を責めるつもりではないのですが、でも、このようなときだからこそ、もっとうまくできればなぁ、と思ってしまいます。こんな曲芸のようなことが出来る管理力、技術力は、世界でもそうそうは無いはずで、とても凄いことをしているだけに、です。

夏場の電力需要が今よりも2000万KWほど多くなる時期には、更に状況は厳しくなることが予想されるわけで、そこを乗り切るには本当に「主体的」に取り組むようにしないと、ならないと。

ところで、電力の供給が停止することを十分な時間的余裕を持って非常に精確に特定、公表してしまうと、その地域が組織的犯罪とかテロとかの対象になりかねないとも思うのですが、それも「計画どおりにいかない」理由だというのは考え過ぎでしょうか。。。

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2011.03.15

地震の日

ワタクシの職場、ビルの十数階という位置でした。やばい、とは思ったものの、建物が崩れたりはしないだろうと思ったし、自分の身の丈より高いところからものが落ちて来るという環境ではなかったので、直接的な身の危険は感じませんでした。スチールのスライド書類収納が1メートルくらい(見た感じ)左右に激しく行ったり来たりして、そして低い書類ロッカーの上に積んであるドッチファイルなどが落下しかかるのを同僚が押さえていた光景が印象に残っています。

ひとまず揺れが収まったところで、建物から出るようにとの館内放送に従ったのですが、階段は大混雑で、ここでまた来たら、と思うととても不安な気持ちになりました。
建物の点検をする間、日比谷公園で寒空の下同僚たちとともに2時間程待っていたのですが、同じ境遇の人で一杯でありました。避難の時迷ったのですが、コートを着て出て良かったです。知っている人と一緒だということも。
避難中もラジオを聞いていましたが、戻ってテレビをつけて規模と被害の大きさに、いや、それは揺れている最中から感じていたことではあるんですが、改めて。でも、この時点では、亡くなった方は1000人を超えてしまうのだろうか、などと会話していたんですよね。今思えば、全然甘かった。

電車は全部止まっていて復旧の見込みは立たない、という情報が流れる中、東京メトロだけは、「現在係員が徒歩で路線の点検をしている」というセリフがくっついていました。となると少なくとも都内の路線は同じような状況なのだろうから、今晩遅くには復旧するのでは、と思い、徒歩(3時間半らしい)での帰宅は見合わせて、待機しておりました。自分の経路(銀座線、井の頭線)は比較的短いから点検も早く終わるのでは、とも考えました。そのとおり電車で帰れたわけですが、井の頭線を待つ人の列は東横線に通じる階段の下のところまで続いていて、駅員さんが、声を枯らして整理に当たっているのが胸を打ちました。


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2011.03.01

2月の歩行記録

2月の歩行記録です。

歩数 30405510859
消費カロリー 13790kcal492kcal
歩行距離 212.75km7.59km
(  )内は1日平均

先月に続き、1万歩を超えました。1万2千歩を超えたりはしませんでした。

少々忙しくて、朝のウォーキングがままならない日もありましたが、快調です。3月もこの調子でいきます。

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