音楽

2014.01.04

大瀧詠一の死に思う

大晦日に流れた大瀧詠一の訃報は、ショックでした。65歳、早過ぎます。

ワタクシ、ここ何年もカラオケでは多分9割は彼の曲を歌ってきました。恋するカレン、A面で恋をして、冬のリヴィエラ。。。

出会いは松田聖子の『風立ちぬ』(81年10月発売)でした。衝撃的でした。ゴージャスなアレンジ。中学の頃からクラシックを中心に聞いていて、もちろん、当時(ちなみにワタクシは1960年生まれです)のアイドル歌謡などには人並みに熱心でしたが、ロックとかポップスとかあまり聴かずに過ごしてきていたのでした。だから『ロング・バケーション』(81年3月発売)も知らなかった。
それにしても、『風立ちぬ』を聴いたら『ロンバケ』に手を伸ばしても良さそうなものなのに、何故そうしなかったのでしょうね、、先に手に入れたのは『イーチ・タイム』。これは発売の翌日、84年3月22日に買っています。

でも、当時の記録(笑)を見ていると、『チェリー・ブラッサム』と『夏の扉』は発売(それぞれ81年の1月、4月)されてから日をおかずに買っているのに、『白いパラソル』と『風立ちぬ』は買っていません。何故だろう。その後の『赤いスイトピー』(82年1月発売)以降はシングル盤もアルバムも松田聖子の「引退」までずっと買い続けているのに。
だから、『風立ちぬ』をちゃんと聴いたのも案外時間が経ってからなのかもしれません。

さて。

84年の10月には『ナイアガラ・トライアングルvol2』を買ってるんですが、その後、『B-EACH TIME LONG』は85年8月に入手するものの、相変わらず『ロンバケ』は持っていませんでした。その代わり、佐野元春をよく聴いてましたね、この頃は。そんな気がします。

そうなると、さっき「衝撃的でした」なんて書いたけれど、実は、大瀧詠一を本当に好きになったのは、もっと後のことかもしれません。記憶を作っているのかな。。。若者(といっても既に20代半ば)は佐野元春の方が気に入ったのかもしれません。でも、佐野元春を知ったのは「ナイアガラ・トライアングルvol2」で、それは大瀧詠一からいったわけでして。
並行して、中島みゆきも一時期ははまっていましたが(今でも好きです)。

『冬のリヴィエラ』は一番早くにカラオケのレパートリーとなりました。というか、若い頃は圧倒的にオジサンたちとカラオケに行くことになるわけで、そうすると、松田聖子とかキャンディーズとか、やっぱり歌うわけにはいかなくって(『津軽海峡冬景色』も評判は芳しくなかった。←ワタクシの歌が、ということではなく、選曲的に)、まあ、『冬のリヴィエラ』はそうはいっても森進一だから許された、みたいな。歌った回数は100や200じゃきかないだろうなぁ(←適当に言ってます)。近年は、そんな気を遣う必要もなくって、逆に、一緒に行く若い人には未知の曲であろう『恋するカレン』とか歌っちゃってます。でも、たまに、なんでキミ、その年でこの曲よく知っているの?なんてこともありますが、まあ、カバーされているという以上に、ある程度エバーグリーンになっているんだろうな、と嬉しく思ったりします。

***
大晦日のお昼のニュース、自宅の階下のテレビから「・・・大瀧詠一さんが、東京都瑞穂町の自宅で・・・」とか聞こえてきたときには、思わずダッシュして「嘘だろ」と叫んでました。よく「心にぽっかり穴が空いたような」って比喩を使いますが、まさにそれでした。心の震えが止まらない感じ。そして、松田聖子や大瀧詠一の話とかよくした友人と、FBでメッセージを何往復かしました。

実は、このエントリーを書き始めたときも、そういう喪失感のことを書こうと思っていたんです。最近は新曲も本当に出てこなくなっちゃって、でもたまに出てくるラジオは本当に面白かったけれど、それらがもう無いのはとても寂しいこと、みたいな感じで。
でも、書いているうちにご覧の通りです。

それだけ、大瀧詠一はたしかに自分の何かの源になっているということを再確認することになったのは、看板に偽りなしでした。合掌。


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2012.01.05

LPを聴いてみました

Pl1200aきっかけがあって、正月の休みにLPを聴くことを始めました。まだまだCD化されていないと思われるLPも沢山ありますので、それを聴いてみるというのはなかなか悦楽かと。でてくる音楽も暖かいような気がします。
写真の機械が、我が家の現役です。パイオニアのPL1200A。とりたてて問題なく動いております。ただ、ワウフラが耳につくような気もするんですよね。盤によっては。盤が偏芯していたりするんでしょうかね。ワタクシにはよく分かりません。機械側の問題かもしれないけれど、修理とかオーバーホールとかもうメーカーでは受け付けてくれないんでしょうねぇ。

LPをかけてみると、CDをかけているときよりも自分が集中して音楽を聴いていることを発見しました。いや、もちろんCDでだって集中して聴きますが、たまに、いや時々、かけてはみたけれど聴いていない、ということは、LPだとありません。長くても30分程度で片面が終わってしまうせいでしょうか?しかも、その後放置したら「ぷつっぷつっ」という音をいつまでも演奏中、になってしまうからなのでしょうか?
あるいは、もしかすると、1枚のレコードを繰り返し聴いた頃の記憶が蘇るからなのかもしれません。

今回聴いたのは、以下の7枚です。いずれも、CD化されていない(多分)か、現時点では入手困難なモノばかり。どれも素敵な盤なのになぁ、と思います。


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2011.10.11

「イル・トロヴァトーレ」@新国立劇場

新国立劇場の今季最初のオペラ、「イル・トロヴァトーレ」に行ってきました。配役とかはこちら

この公演の最大の特徴は「音が大きい」ことでした。歌手たちも声量で不満を感じることは無く、オーケストラの音も鳴らし放題とはこのことでしょうか。これは、情念渦巻く雄渾なヴェルディのこの曲を表現するのには一つのやり方であるかもしれません。特に、合唱(相変わらずとてもうまい)の登場する場面は効果的だったと思います。

が、全体としてみるとどうしても単調に感じてしまいました。こんな一本調子の曲では無いでしょう。特にマンリーコ。強靱な声を持っているのだけれど、柔らかく歌うことが得意ではないようで、これではいけません。愛とか苦悩とかそういうところになってしまうと。。。
レオノーラは、出だしの音程が非常に不安定で先行きが案じられましたが、後半は安定しました。しかし、残念ながら高音になるとかなり苦しい。ただ、それを除けば、若干息が短かかったですが、全体としてみれば歌になっていたと思います。でも、あんまり器用じゃないのでしょうか、早いテンポについて行けないところも。
ルーナ伯爵は、さらにちゃんとできていたと思いますが、どうも良くも悪くもあまり印象に残っていません。
アズチェーナが、主役の中では一番良かったかなぁ。彼女も最初の方はアレアレってところもありましたが、表現の幅は広くって、この役のどす黒いドロドロの気持ちを十分に出していたと思います。
でも、実は一番良かったのは、フェランドの妻屋氏だったりします。主役級で歌い詰めの人と出番があまり多くない人を比較してはいけないとは思いますが、うまかった。音楽を味わい、満足しました。

指揮者は、うたよりはリズムとか構成とか、シンフォニックな感じを受けました。歌手にとってはあまり歌いやすくはなかったのではないかとも。それと、歌の頂点の決め所で引っ張るのは悪いとは言わないけれど、それらしくはならず、わざとらしいというか、大時代的な印象を受けました。まあ、まだ若いんですよね、この人。

演出は、台本にはない「死の象徴」っていう黙役を随所に登場させたところが眼目で、これは私は悪くなかったです。音楽の邪魔になるようなことはなく、作品に内在しているそれぞれの場面のイメージを増幅させるのに役立っていたと思います。ただ、ちょっと説明的になり過ぎてるなという感じを何度かは受けましたが。装置や照明、色使いも、あまりリアルすぎることはなく、かといって意味不明なんてものではなくて、良かったです。

装置の転換が幕を開けたまま行われた部分、そうではない部分が混在していたのは技術上の理由なのかよく分かりませんが、若干不統一に思いましたが、傷と言うほどのこともなく。それよりは、各幕(?)の初めに導入とか話の補足説明のような文章が幕に映し出された(字幕も出た)のですが、その後に指揮者が登場して拍手、というのは、順序を逆にした方が入って行き易かったのではないでしょうか。残念。

色々言いましたが、まあ、頭を抱えるようなモノではなかった(除くマンリーコ)し、実は結構楽しんでいたりします。まあまあの今季の幕開けだと思いました。ちょっと甘いかな。ま、今後への期待も込めて。

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2011.07.24

「パルジファルと不思議な聖杯」@新国立劇場

Parsifal_0234こどものためのオペラ劇場「パルジファルと不思議な聖杯」に行って参りました。

このシリーズ、過去に「ジークフリート」と「トゥーランドット」をやったのは知っていましたが、見に行くのは初めてでしたが、もう、すごく楽しくて、素晴らしいものでした。こどもだけに見せておくのはもったいない。

あらすじとか色々とかは特設サイトがあるんですが、基本の話は本家「パルジファル」をなぞっています。一番大きな変更は、クンドリが出てこないことですが、彼女の光の部分だけを体現したようなマグダレーナという役が創設されています。名前の由来は、皆さんおわかりですよね。また、このマグダレーナは実はモンサルヴァートの王家の血を引く王女が魔法によって白鳥に姿を変えられていたのだった(最後に人間となってよみがえり、パルジファルと結ばれます)という、ワグネリアンにとってはどこかで聞いたような設定であります。
性的な部分はさすがにマイルドにしてあって、でも、花の乙女の場面はお菓子の家となっております。性欲が食欲にかわっているのです。でも、そこに出てくるチョコレート女の太ももなどをパルジファルがなめ回す場面など、おっと良いのか!?感がありましたが。もう一つの「おっといいのか」は、マグダレーナがよみがえる奇跡を起こすための「聖槍と聖杯の合体」(笑)「合体~♫」と叫んで槍で杯を貫くのは、ううむ。ううむ。

聞き所の音楽は一通り全部あります。おまけに、クリングゾルのアジトはニーベルハイムみたいに設定されているので、「ラインの黄金」も一部。1時間半の上演時間ですが、まあ、台詞なんかのお芝居や、途中観客と絡むところなどもあって、音楽は1時間あるかないかくらいでしょうか。でも、パルジファルの素晴らしい音楽を堪能できます。普通は4時間も聞かなくてもこれで十分かも(嘘)。楽隊は10~15人くらいで、もちろんマスの響きはないんですが、でも、パルジファルの素晴らしい音楽を堪能できます。

もう一つのこの公演の肝は「聖杯ダンス」。開演15分前でしょうか、ロビーで子供たちに向けて登場人物(のダンサー)が踊って見せ一緒に踊りの稽古をしていました。
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Otaka_2おまけ。ほほえましいこの光景を眺める我が音楽監督氏。
で、この踊りを一緒に踊ろう!コーナーを観たときには、「ああ、こういうのをやっておけば、聞くときに、あ、あの踊りの音楽だ!って入っていけるんだろうな」と思ったのですが、さに非ず。

パルジファルが聖槍を取り返しにクリングゾルのところに赴くとき、白鳥のマグダレーナは「今のあなたではクリングゾルには勝てない」と修行をするように促します。その修行であhこの踊りを踊るのですが、最初パルジファルはまるでやる気がなく、パワーも全然不十分。そこで、マグダレーナは、パルジファルにパワーをみなぎらせるためには会場のみんなの助けが必要だ、と。練習の成果を発揮して子供たちがこの踊りを踊り、パルジファルの踊りも生気に満ちたものになっていきます。
最後のカーテンコールでもみんなでもう一回踊りましょう!と。なかなか楽しい観客参加になっていました。

こんなに楽しいものなのだから、この3日間、わずか5回の公開公演はいかにももったいないと思ったんですが、高松(7/31)と神戸(8/6)での巡演があるそうです。でも、それだけじゃなくて、もっといろんなところでやると良いのになぁ、と心から思います。

で、今年見逃したあなたのために、再演はあるのかいな、と思ったところ、過去の記録によれば、第1作の「ジークフリートの冒険~指環をとりもどせ!」は2004,05,08,09と4シーズンもやっているし、第2作「スペース・トゥーランドット」も2006,07と上演されています。「ジークフリート」に至っては、ウィーンチューリッヒにも進出して、08,09年の初台での上演はこの「ウィーン改訂版」!によっているそうです。
なので、このパルジファルもきっと再演されるのではないかと、期待大です。

また、来年のこの企画では何が取り上げられるのか、本当に楽しみです。
繰り返しになりますが、こどもにとってはそれ自体も楽しく観られるものですし、楽しみながらオペラ(それもワーグナー)への第一歩を(幸か不幸か(笑))踏み出してしまいすことができ、というこの催し、もっともっと全国の各地で上演されたら良いな、と思います。そして大人も楽しめます。保証します。

そうそう、開演前には、こんなのもあって、なかなか本格的。
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2011.06.19

メト来日の「ドン・カルロ」

メトロポリタン・オペラの来日ってチケット高過ぎだし、ノーマークだったんですが、レヴァイン御大がキャンセルしてルイージに指揮が回ってきたとあっては、行かずばなるまいとチケットを探して入手しました。どうせならネトレプコもキャンセルした後の方が、入手しやすかったかも。ルイージはレヴァイン体調不良時要員(?)として首席客演指揮者とかいうタイトルを受けているはずなのですが、御大が引退されるようなことがあったら、監督に昇格するんでしょうか。まあ、オペラ界の人事は魑魅魍魎の世界ですから、そんなにストレートではないと思いますが。

で、昨日は「ドン・カルロ」でした。NHKホール3階R14列(斜めになっているブロックとしては最後列)でD席3万2千円ってのはどうかとは思いますが、ま、ルイージなので仕方ない、と思っていったところ、開演前のさらっているオケの音がよく聞こえてくるんです。N響のとき、こんなに聞こえたかなぁ。ピット(浅めだった)なのでステージからよりも距離が近いとか、そもそもアメリカの団体は音が大きいとか、色々思ったんですが、開演して歌声を聞いて、これは音響技術の賜かな、と思いました。NHKホールでは生音だけではこんなに聞こえることはあり得ないと。

でも、決して人工的な、不自然な音や響きってことはまったくなくて、皮肉でも何でもなく良い仕事だと思いました。最初は、メト(NHKホールより更に収容人員が多い)でのノウハウが生きた来日スタッフの仕事かとも思ったのですが、プログラムによればSCアライアンスという会社が音響担当だったようです。

曲が成立したときに存在しなかった技術を使うことの当否は、何もこうした音響だけではなく、楽器の改良だって突き詰めれば同じ話ですが、ワタクシも正直言って生音に電気の手を加えるのは、かなり抵抗があります。でも、今回のメトを聞いて考えを少し改めました。少なくともこの曲この演奏この場所では、この方が良かった(ココまで書いて生音しか使ってなかったらドウシヨウ。。)。

このことにも現れているのですが、メトのコンセプトって、お客を満足させることにある、ということも強く感じました。そして、それって、20世紀になって色々とオペラもムズカシクなって来る前の19世紀のパリのオペラに近いんじゃないかと、まったく考証も何もありませんが直感的に思いました。娯楽、といって悪ければ、エンターテイメント(同じか(爆))。

さて、今回の収穫はなんと言ってもカウフマンの代役となったヨンフン・リーでしょう。スピントの効いたヒロイックな声は魅力的です。バリトン上がりのテノールには首をかしげるワタクシとしては、今後もこの人には注目です。ただ、まだ歌が下手です。それから、張り上げるところが汚くなる。ここは精進によって柔らかく歌える範囲が広がれば、そして上手に歌えるようになれば、ワンランクアップです。でも、そこはちょっと売れると引っ張りだこになって上達する前に声が終わってしまう例挙にいとまがない昨今ですから、かなり不安。
パーペは見事ですが、やっぱりイタリア人で聞きたい感はありました。さらに、苦手なのがホロストフスキーのヴェルディ。声が合わないとどうしても感じてしまいます。でも、ぶちこわしと言うほどではなかった。女声は可もなく不可もなく。

オーケストラは、長丁場の常として、第1幕ではまだまだでしたが(あ、今回は5幕版で、そもそもこっちがあまり耳慣れていないのかもしれません、第1幕は)、だんだんエンジンがかかってきて、ルイージによく反応していました。味わいとか音色とか、そういうもので勝負するわけではないので、欧州トップのオペラのオケとの比較もできませんが、まあ、シカゴ響みたいな位置づけでしょうかね。とてもうまいです。もちろんミス皆無とかそういう部レルの話ではなく。
ルイージは、予想通り素晴らしかったです。マエストロだなぁ。曲、オケも舞台も掌握して、って感じ。やっぱりイタリア人。歌う歌う、突進する突進する、しんみりとさせる、ヴェルディのツボをおさえた演奏でした。予定調和的に満足しました。

演出は、メトらしい伝統的なもの。色々とややこしいことを考えずに、楽しめ、浸れます。すべてはお客様の満足のために。媚びたりはしているっていう訳ではないですが。

オペラの一つのあり方(もう少しで「本質的な」と言いたくなる)を極めた、素晴らしい公演だったと思います。


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2011.01.01

マゼールの大晦日ベートーヴェンマラソン

岩城宏之が始めた大晦日のベートーヴェン交響曲全曲演奏。彼の没後は炎のコバケンこと小林研一郎へと引き継がれ、今年は御大マゼールの登場でした。一度はこの「マラソン」参加してみたいと思っており、マゼールと聞き更に食指が動いたものの、チケットが高すぎて見送りでした。

が、Arts for All という企画でこれがUstreamで生中継されるとのこと。これはなかなか興味深いと視聴してびっくりしました!

正直言ってUstream、そんなに画質音質を期待するようなものだと思っては居なかったのですが、間違っておりました。こんなに素晴らしいものだったとは。関係者の皆様、私の不明をお許し下さい。そして、このような企画を実現してくださって、本当にありがとうございます。特に慶應義塾大学、エライ!底力がありますねぃ。それにしても、何だかすごく色々の方法で中継されていたと、翌朝になって知り感嘆したのですが、それはこちらにまとまっておりますので、興味のある方は是非どうぞ。

Ustreamやら本格的に始まった年の瀬にふさわしい、非常にエポックメイキングなイベントでした、本当に。


肝心の演奏のことが後先になりましたが、これが、もう素晴らしい。マゼール万歳!、オーケストラ万歳!って感じのものです。
オケに参加された方のブログによれば、今回は、ユニークなボウイングを指示してあるパート譜をマゼールが持ち込んで演奏したとのことですが、まあ、弦楽器者でないワタクシには、それはそんなに分かったわけではありません。しかし、ティンパニが楽譜に無いどころか、スケールまがいのことをやっていたのにはびっくらこきました(←死語)。トスカニーニとかオーマンディのブラームスみたいな生やさしいものではありません。それに、盛り上がりの前では溜める溜める、見得を切る、かと思えば手に汗握るくらい疾走する。もちろん豊かに歌にあふれ、しみじみとした感興にも欠けるところがない。もう圧倒されました。そして、それが「違う」とか思うことなく一緒になって盛り上がれてしまいました(ヘンな言い方ですが)。巨匠です。
考えてみれば、マゼールって、手練手管というかケレン味たっぷりというか、昔からそういう人でしたが、しかし、若い頃(といっても70歳くらいまで(爆))は、それが鼻につく、っていうか、効果のための効果というか、こちらは「面白いね」と言いつつ醒めてみている的なところがあったのですが、それをやり続けた結果が、80歳になってこういう形で結実するとは!本当に恐れ入りました。朝比奈じゃないですが、長生きはしないといけません。

もう、聞き所満載なのですが、1カ所だけ挙げます(あ、全曲聞いたりはしていません)。第9の第4楽章、歓喜の歌のメロディがチェロとバスで始まって、弦楽器に広がっていくところ、大好きなんですが、その後、管を交えたテュッティになる直前のところ、ここで音楽が巨大な何者かに膨れ上がったのです。一瞬何が起きたのか分からない程。こんな感覚は初めてでした。もう、やられたーって感じです。

この演奏、パッケージにしても良いくらいだと思いますが、とりあえず、2月にはスカパー!で放送するとのこと。見逃した方は是非。

年の終わりに、いいもん見さしてもらいました。

皆様にも今年一年がいい年でありますように。


(追記)映像を作っていたのはNHKでした。プレスリリースもありました。なるほど、とともにさすが!でした。

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2010.12.28

新国立劇場「トリスタンとイゾルデ」

新国立劇場の「トリスタンとイゾルデ」の新制作初日を見てきました。とても良い公演でした。

【以下、演出などにも若干触れますので公演に接する前に目にしたくない方はご注意下さい】

まず何と言ってもトリスタンのステファン・グールドが素晴らしかった!第3幕で事切れるまでほとんど疲れも見せずに歌い切ったこともさることながら、その美しい声が特筆ものでした。ああいう声で歌われると2幕の愛の場面がなかなか趣き深いものとなります。この役は、とかくパワーと体力重視でキャスティングされる場合もあるように思います(もっとも最後まで保たないとそれはそれで話にならない)が、ただ怒鳴っているだけのような人に出くわすこともありますから。強靱さと美しさを兼ね備えたこのグールドは、この日がロールデビューだったそうで、いいものに立ち会わせてもらいました。
これに対するにイゾルデのイレーネ・テオリンは、当代一流のワーグナー歌いの一人には違いないのでしょうが、そのちょっと割れるような声(が好みという人もむろん居るでしょう)に違和感を感じてしまいました(特に第3幕)。トリスタンとの対比でそういうことになってしまったのかもしれませんが。あるいは、ブリュンヒルデのようなもっと勇ましい役柄だったらもっと良かったかもしれません。
この点、役柄とぴったりはまって思慮深い感じがよく出ていたのはブランゲーネのツィトコーワ。私としては、キャスト中トリスタンに次いで評価したいです。
マルケ王のイェンティンスにはもっと深い掘り下げを期待したいところでしたが、クルヴェナールのラジライネン共々、まあ、困ったという程ではない。

歌手はそんなところでした。

大野の指揮は、エッチなところのあまりないものでした。ウネウネ、ベトベト系ではなく、かといって低カロリーでもなかったです。例えば、3幕冒頭の音楽は深い悲しみというよりは激しい慟哭。どこか表現主義的な匂いもするものでした。加えて、随所できっちりとリズムのパートを効かせていたので、推進力が生まれました。オケは特に弦はこの大野の音楽作りに沿った弾きぶりで、よくやったと思いますが、管の一部には「事故」とは呼べないミスやら音程の悪さもあり、う~ん、練習(と緊張?)が今ひとつかなぁ。まあ、初日でしたからだんだん良くなっていくことを期待したいです。

演出。非常にオーソドックスなものでした。マクヴィガーは「時には過激な演出」をするとか書かれていたのですが、これはフツウ。新国得意(?)の水が張られた舞台は確かに物語と合っていた(1幕と3幕)ものではありましたが、ちょっと不発気味でした。
それに対するに空に前奏曲の間に水面から上がった月がかかっていまして、これが赤くなったり白くなったりします。主役たちがどっちの世界にいるかによって色が変わるのかなと思いますが、ここは真面目に検証してみないとはっきりは言えません。でも、なかなか妖しい感じは悪くなかったです。全曲の幕切れではこの月が、出て来たところに戻っていくというシンメトリカルな構成。でも、その時、印象に残るのは赤い服のイゾルデが暗い舞台の後方にスポットを一人浴びて去っていくというシーンの方でした。ここはとてもきれいで効果的でした。
中間の2幕の舞台は森の中なわけですが、舞台の真ん中辺りには屹立する円錐形の石柱と、その頂きのとがった部分を取り巻く円環が、♂♀を表しておりましたが、この石柱は、プログラムに載っていたトリスタン墓石なるモニュメントをちょっと思わせるところもありました。ブルターニュの巨石文化につながるような。
まあ、全編悪くない感が持続しましたが(すごく良いと唸らされるわけでもないですが)、マルケ王の部下たちの動きが、1幕幕切れといい3幕終景直前といい、滑稽なのは、狙ったんでしょうかね。ちょっと不思議。

ということで、文句もつけましたが、全体としては水準の高い公演だったと思います。お正月を挟むので、テンションが直線的に高まっていかないのでは、ということは心配ですが、千秋楽辺りの盛り上がりは十分期待できるのではないかと。そうそう、初日でご招待のお客様が多かったのでしょうが、観客は妙に覚めておりました。残念。


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2010.10.17

アラベッラ/新国立劇場

新国立劇場の「アラベッラ」を見て参りました。98年9月初演のプロダクションに続くこの劇場で2回目となる新制作。なかなか楽しめました。

何と言っても良かったのはオーケストラ、というか指揮者でした。舞台の上と下が寄り添って一つの音楽を作るということをかなり高いレベルで実現していたと思います。特にいわゆる聞かせどころのしみじみ系の音楽が流れるところの丁寧な弱音は非常に雄弁でした。良かったなぁ。思い出しても「良いなぁ」と思います。声を聞かせるために(?)オーケストラを気持ちよく鳴らす部分は少なかったのですが、まあ、それはそういうものかと。ライトモチーフも生ではよく聞こえたと方だと思いますが、それでもオーケストラ、オットットというところはありましたね。特に、第2幕の冒頭の音程の合わなさはもはや事故(誰か音を間違えた??)。なんてことはあげつらえればありますが、でも、良かったところがあれだけあれば、ワタクシは十分満足、楽しみました。

この演奏に対して拍手の終わり際に「オケ替えろー」と叫んだ方が4階席右サイドかな、にいらっしゃいましたが、ワタクシは賛同できません。

歌手はフィアカーミッリとマッテオを除き及第点でした。まあ、この2人も頭を抱えるというほどではありませんでした。
ただ、フィアカーミッリは目立った破綻があるわけではないのですが、この役の要求するスペクタクル的なテクニックとかど派手さを発揮していたとは言い難い。そのめくるめくアクロバティックな声によってこそ、斜陽期に入りつつあるウィーンの内実は上品とは言い難い「社交界」の空虚さが表されるのだと思いますが、そこに到らず涼しい空気が漂ってしまったように感じます。
片やマッテオ、これは3幕でアラベッラと言い争って、そこにマンドリーカ登場して対決、という辺りでガス欠を起こしてしまったようで、高音域などはヒヤヒヤものでした。まあ、この役はもともと情けない男ですからね(笑)

一番良いかなと思った歌手がヴァルトナー伯爵(お父さん)だというのは、いやちょっと困ったことではありますが、まあ、他の人たちも、高い音が微妙に当たらなかったりとか色々あったものの、悪くはなかったかな(良くもなかったけれど)。

演出は、青を基調とした美しい舞台で、無難にまとまっていた感じです。シュトラウスの作品で時代を作曲者の生きた年代に設定し直してのプロダクションというのはよく見ますが、今回もそれ。セリフのない役にもしっかり役割が与えられており、それによって、この作品を演出家がどう捉えていて何を伝えたいかということが伝わったところ大でした。たとえば、第2幕では、アラベッラとマンドリーカが舞踏会場にいながら紗幕の前で2人だけの時間を過ごすのですが、その紗幕を従業員が引こうとするところをマンドリーカの家来たちが「俺たちに任せとけよ」と平手打ちを食わせて勝手にやってしまったりするところ、彼が明らかにオックスの血を引いていることが分かります。紗幕と言えば、第1幕、たしかアラベッラが登場するまでは紗幕が半分引かれた形の舞台だったかと思いますが、それを開けるのはヴァルトナー家の女中。彼女は第3幕であられもない格好で降りてきたズデンカに履き物を渡し、その後階段の手すりでヨヨと泣き続ける、となかなか大活躍でした。「アラベッラ」のト書きではどう書かれているのか(あるいはいないのか)知りませんが、原作の「ルツィドール」では年老いたとされている彼女、この舞台では通るだけで件の家来たちの視線を引きつけたりして、そんなに老女ではありませんでした。女中さんと家来たちは、ウィーンと田舎、洗練と粗野の良い対比になっていたと思います。

ただ、4階席からでは、肝腎の主役級は芝居としてちゃんと出来ていたかどうかは、幸か不幸か、よく分かりませんでした。

あ、一つどうかなぁ、と思ったのは、第3幕の階段の長さ(笑)。ちょっと長すぎてズデンカの登場が中途半端になっちゃったんじゃなかろうか。アラベッラがグラスを手に降りてくる時にはちょうど良いんですけれどもね。

この位の舞台を出してくれれば、新国立劇場には文句はありません。尾高監督の下でこれからも頑張って欲しいなぁ。

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2010.10.09

カラヤン/ベルリン・フィル、77年来日時のベートーヴェン・ツィクルス

77hvkb47先日、TOKYO FMレーベルから、カラヤン/ベルリン・フィルのベートーヴェンの交響曲全曲CDがリリースされました。レーベルからもご想像がつくように、これは来日公演の実況録音盤。77年のこのコンビ5度目の来日のときのものです。

クラシック音楽を聴き始めてから数年というところのワタクシは、いわゆるアンチ・カラヤン(笑)だったのですが、それでもこのコンビは聞いてみたかった。が、会場が普門館ということを聞き、収容人数5000人もの大ホールでなんて、とそのこと自体もカラヤンをけなすネタにしたりして、行かなかったのでした。結局、ワタクシはカラヤンの公演を聴くことなく終わってしまいました。この同じ年にベームもムラヴィンスキーも聞いたのになぁ。

実は、当時FM東京で全曲放送されたということ自体忘れていました。でも、有名な(?)7番冒頭のオーボエのミスは聞いた覚えがある、ということはラジオで耳にしていたんでしょうね、当時。ちなみに、このミスはずっとローター・コッホだと思いこんでいたのですが、今回のライナーノーツの解説(東条碩夫氏)によれば、代役の若い奏者だったそうです。

それで肝心の演奏なんですが、う~ん、弦の厚みとかうねりとか、こうグワーッともっていくところとか、案外古風に聞こえる媚態とか、さすがだなぁ、と思うところは沢山あるんです。が、こんなにバラバラなの!?というところがあまりに多すぎるんですよね。奏者個人のミスとかそういうことでなく、アンサンブルが崩壊寸前のスリリング(笑)な箇所が。そして、それが、なにかギリギリの表現をするために乱れたとかそういうことでもなさそうなのが、ちょっと。
もともと、このオーケストラは縦の線を合わせること命、ってわけではなく、それと、オレがオレがっていう奏者の外向きの表現意欲がうまくまとまった(まとめられた?)時に素晴らしい力を発揮するように思うのですが、この77年はあまり成功はしなかったという感じです。ウィーンフィルのような自律的に求心的に敢えて言えば室内楽的にまとまっていくのとは方向性が違います。来歴が違うからでしょうね。

それと、エキストラが多かったのかもしれません。解説(中山実氏)によれば、来日150人のメンバー中、40人がトラだったそうです。おなじみのレパートリーということで、練習もそれほどしなかったのかもしれませんね、あくまでも想像ですが。でも、79年の来日は日本在住の方も数人トラに入っていた「度を超した」ものだったとのことですが。

とはいっても、この厚い響きによるベートーヴェンには、とても懐かしいモノも覚えてしまうのは事実です。近年はこういうベートーヴェンを聴くことはあまりありませんから。

最後に。
前出の中山実氏は、この時の招聘者であった大阪国際フェスティバル協会の元職員の方とのことですが、会場が普門館となった経緯について、興味深いことを書かれています。79年のベルリン・フィルの来日は、大阪フェスティバル協会とNHKが招聘競争を繰り広げたのだが、これに敗れたNHKは、ベルリン・フィルの公演に予定されていた日に、N響の定期公演を日程変更して入れたのだ、と。それで、大阪フェスは他を探さざるを得なくなり、普門館に落ち着いたのだ、と。中山氏は1965年以来のN響定期会員なので、この経緯ははっきり覚えているとのことです。
なるほどねぇ。

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2010.08.03

「ご縁玉」、夏、月島プロジェクト【PR】

1年半ほど前に日本で公開され、2009年度のキネマ旬報の「文化映画ベスト・テン」で8位入賞を果たしたドキュメンタリー映画「ご縁玉」(公開直前時点のエントリ)、その後も色々な形で自主上映などされてきています。

「ご縁玉」は、ベトナム孤児で仏人の養父母に育てられ、世界的なチェリスト(アンサンブル・アンテルコンタンポランのソリスト)となったエリック=マリア・クチュリエの自分探しの旅と、乳がんに冒されながら「いのちの授業」などを続ける養護教諭の山ちゃんの限られた生命の意味を語る活動が、出会い、交錯し、共に過ごす時間を描くドキュメンタリーです。話の内容もなんですが、随所に流れるチェロの音楽が、素晴らしいのです。

で、今年の夏の終わりから秋にかけて、国内各地で上映会があるのですが、エリック=マリア・クチュリエも来日して、映画+ミニライヴ+トークセッション、というイベントとなっております。

東京では、8月26日(木)に月島社会教育会館のホール(キャパは240名)で開催されます。午後7時からで、映画が1時間10分ほど、ライヴとトークセッションで合わせて1時間くらいで、終演は9時半頃を予定しています。詳細はこのプロジェクトのブログをどうぞご覧下さい。申込も同ブログからです。

どうぞよろしくお願いします。

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