書籍・雑誌

2010.07.03

オケ老人

Rimg0041オケ老人」これは、えーと、アマオケを舞台とした音楽ビルドゥングスロマンと言えましょう。
そこにロシアの諜報エージェントの活躍?がサブストーリーとして絡みつき、手に汗握るサスペンスあり、涙あり笑いあり、はかない恋などもあり、なかなか面白い小説です。楽しみました。特にアマオケをやった(やってる)人には、身につまされる?ところが多数あるはずで特にオススメです。

30代の数学教師が新任地で聴いた市民オケの幻想交響曲の名演に感じ入り、学生時代以来さわってもいないバイオリンを再開してそのオケに入りたいということろから、話は始まります。
ところが、電話で連絡をとって練習に行った先は、ホルンはおらず、「エグモント」序曲をとまらずに演奏し続けられた「最長不倒」が伸びたと喜ぶような団体。しかも、全てのメンバーが老人ばかり。途中で○○フィルとは別の○○響に来てしまったことに気づきながらあまりの歓待ぶりに、彼は逃げ出せず、結局指揮者として毎週練習に通う羽目になってしまうのでした。
そのうちに、○○フィル(「幻想」をやった方)は、○○響から腕に覚えのあるメンバーが中心に大量脱退して作ったオケだし、両者のリーダーは当地の家電量販大型店社長と商店街の電気屋老主人、なんて因縁も加わってきて、話のテンションが上がっていきます。「フィル」の方は技術至上・競争主義で、「響」の方はゆるゆるでまったりとしたペースで楽しむ、なんてところも、効いています。

サブストーリーはミステリー仕立ての趣もあるものなので、内容はこの位にしておきますが、とにかく、この作者、人間を見る目が温かいんです。人情物というか世話物というか、そんな所につながる味わいもあります。それから、音楽の力を信じていると言うことがひしひしと伝わってきます。使い方もうまいです。最後の演奏会のシーン(ここが話自体もクライマックス)で、メインは「新世界」なんですが、音楽の描写こそちょっと気恥ずかしくなるような言葉が並んでいたりもしますが、頭の中に曲が流れてくると、それが効果的な映画音楽のようになってその音楽自体が読み手に相乗的に感情を湧き起こさせる、なんてことが起きたりしました。ワタクシの場合は。最後まで読んで、なかなか温かい気持ちになれる小説でした。

同じ作者には、「ちょんまげぷりん」という小説もあって、映画が近日公開されますが、これも作者の人間愛の中に、現代社会の「ちょっとおかしいぞ」みたいな直言が多々あって、なかなか読ませます。


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2009.12.26

テルマエ・ロマエ

Thermae時はハドリアヌス帝の御代、ローマ人の風呂設計技師ルシウスが、風呂設計上の課題に出会うたび、現代日本にタイムスリップしてその知恵を学び課題を解決していくという物語。
ワタクシはローマに行ったことはありませんが、パリのクリュニー美術館の一角には古代ローマ浴場の後がありますし、南仏やらサヴォア地方のローマ都市で遺跡を訪れると必ず浴場跡があり、古代ローマ人の風呂好きは日本人と同じだよなぁ、といつも思っておりました。それなのに、現代の西欧人(フランス人とかが念頭にあります)は何で風呂に入らずシャワーなんかですませていて、さすがに(当時の)辺境の地だなどとも思ったりして。この気持ちは「ローマ人の物語」などで更に増幅されていたところです。

で、よくぞこういう設定の話を書いてくれたとまずは感謝です。作者にも古代ローマ人と日本人の親近性が基本となるまなざしがあります。

爆笑ポイントやなるほどうなずきポイントは、ネタバレになるので避けますが、とにかく超お勧めです。はっきりは分かりませんが、時代考証もなかなかのもののように思います。ハドリアヌスの別荘とか、ローマの街路の排水溝(?)とか。

一つ一つの話の間に作者の短いエッセイが挟まっていますが、これがまた読みものです。共感します。ローマ人も好きなんですね、きっと。作者はポルトガル在住で、家には浴槽がないそうで、その点も風呂への愛着がにじみ出た原動力となっているのかとも思います。

この抱腹絶倒マンガ、こちらで存在を知りました。また、作者ブログも発見しました。

レスピーギも「ローマの風呂」を書けば良かったのに。

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2009.06.16

今日は6月16日

ユリシーズの日でした。車内でアイルランド芸術祭という催しの広告を見て思い出しました。

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2009.06.11

税抜きの定価が1890円

だと、現行消費税率の場合、税込みで1984円なんですね。

しかし、、100万部も売れたということならば、100人に一人が買っている勘定ですから、通勤の車内で同じ本を読んでいる人に遭遇してしまったらどうしようなどと思ったりしているのですが、全然遭わないですね。結構辺りを見回しつつ鞄から本を出していますが。

どこでいつ誰が読んでいるのかなぁ。ハードカバーだと家で読む人が多いのでしょうか。

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2009.05.20

パリのパン屋さんへ行こう

新潮社の「旅」、7月号で「パリのパン屋さんへ行こう。」という特集をやっています。
パリ20区のそれぞれから1店ずつを人気店として掲載していたりするのですが、その8区代表は、3年ほど前には毎朝のようにワタクシがバゲットを買っていたパン屋でした。オヤジさんも元気そうで何よりです。
他にも「サンドイッチ対決」とか「クロワッサンNo.1」とかいう企画もあり、職場の近く(7区はパン屋の激戦区でした)のお昼のサンドイッチを買っていた店の近影も見られ、楽しめました。

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2009.03.08

廃墟建築士

三崎亜記の最新短篇集です。「鼓笛隊の襲来」後には「失われた町」(これも素晴らしい作品です。今までのところ一番かも)も読了したんですが、ちょっと忙しくってブログには上げられませんでした。

実は、まだ読み終わっていません。読み終わるのが惜しいような。

表題作。現実とずらした設定が想像力を自由に飛翔させるための舞台ということなのでしょうか。あるいは、設定によって、主題の普遍性が獲得されているのかもしれません。描かれているのは、人、生きることの哀しみと、しかし肯定的に進んでいく姿なのは、いつものとおりです。読んだ後に、声高ではないしかし決然とした主張を感じます。

今、読んでいる最中なのは「図書館」という作品ですが、ここでは、「バスジャック」での「動物園」での主人公ハヤカワ・トータル・プランニングの日野原さんと再会することができました。そういえば、「廃墟建築士」の主人公はもともとは二階扉(これも「バスジャック」の中の一つの作品に由来)の研究をしていたことになっているし、今後、短篇群も一つの世界を形作っていきそうで楽しみです。

ところで、「となり町戦争」の映画を見ました。原田知世は良かったんですが江口洋介はちょっと。まあ、小説が映画になると、登場人物と俳優のイメージが違うことはよくあることですが。それよりも、この映画化ではラストが大きく変わっていて、そこがワタクシとしては、大分違ってしまったな、という気がしました。
原作では、日常である戦争の不条理さがそこに生きる人間の不条理さまで含めて描かれ、だけれども、というかだからこそ、人間は強く生きていかなければならないし、その姿は美しい、というメッセージが発されていたと思っているのですが、映画では、戦争は不条理だけれど人間はまとも、というように意味合いが変わってしまっていると思うのです、ラストによって。

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2009.03.06

エスクァイア日本語版復刊に向けて

「エスクァイア」日本語版が休刊すると発表されたのは最近のことです。

休刊のお知らせ

定期的にクラシック音楽の特集をやってくれる貴重な雑誌でした。

休刊は残念です。諸般の事情により、というのは、なかなか採算がとれなかったり、ということなのでしょうか。
でも、このような雑誌が休刊になるのはとても悲しいことです。

と思っていたら、山尾さんのところで、署名運動、と言うか署名サイトでエスクァイア誌の復刊を望む署名集めが行われていることを知りました。

関心のある方は、こちらへどうぞ。

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2009.01.24

金魚生活

Kingyo3なかなか強い色合いの派手目の金魚の装丁につい惹かれて手に取ったのですが、これはなかなか良いものでした。

ストーリーは、日本に留学、結婚、就職している娘の出産の手伝いとしてやって来た50がらみの中国人寡婦が、今のぱっとしない暮らしを捨てて孫の近くに残るために日本で結婚することを勧められ、実は故郷に同棲相手がいることを言い出せずに結婚相談所で見合いを何度かして、、、というものなのですが、そこに、大きなテーマとして言葉の不完全さというものが描かれています。そして、言い表すことのできない、人の存在とか心とか世界というものの豊饒さが逆説的に示されます。

主人公が職場で世話を任されている金魚たちとの対話・交流、来日して言葉が通じない相手やまだ言葉を発することのできない嬰児とのコミュニケーション、ペットショップでの動物と孫との間のふれ合いなど、どれも言葉を介さないつながりであって、逆に言うと言葉がどれだけのものを伝えるものことができるのかという問題提起がなされているように思います。
中国に残してきた同棲相手は、一途に想っているわけではないのですが、それを引きずりながらも、主人公は日本での生活に慣れてきて、孫との生活も去りがたくと、心が揺れます。揺れる、というよりは、主人公の中では色々な思いが渦巻いて、それを自分でも言葉にすることができずにいながら見合いを繰り返します。

その中で、日本語の理解度(?)が進む様が描かれ、最初は発音としてもとらえることができず「○★※□×▲」などと表されているのが、そのうちに意味は分からないながらも言葉として表記されるようになっていくというきめ細かい表現も見られます。
金魚の世話をする主人公が金魚色の服を着て、日本社会の中で「金魚側」に立つことを示すのは、若干説明的に過ぎるかとは思いますが、色々なアナロジーはこの物語を別の意味で豊饒にしています。混沌は豊饒につながるということなのでしょうか。

また、読者がこの物語に引き込まれるのは、物語の最初の方、回想される複数の時間と現在を自由に行き来するような書き方に、物語の中に、というよりは主人公の心、幾重にも折り重なった記憶に自然に同化させられるという巧みなテクニックに負うところも大だと思います。

最後のエピソードである見合いの場で、相手が愛好しているという漢詩を引用(?)してのやりとりは、ここまで感情移入をしてきた読者にとっては、本当に心が揺り動かされるものです。母国語ということを考えさせられます。結末には、言語によるコミュニケーションということについての作者のメッセージが織り込まれていますが、それも多義的に捉えることができるように思います。

「金魚生活」、お勧めです。他の作品も読みたくなりました。

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2009.01.12

鼓笛隊の襲来

Kotekitai「バスジャック」の三崎亜記の最新(といっても昨年4月ですが)短編集です。実は、「バスジャック」の後に同じく文庫化されている、デビュー作の「となり町戦争」を読んでいます。それも隣町との地域振興のための戦争という非日常的なような日常的なようなそして不条理な設定の中で、喪失感と淡々とした悲しみ、その中で生きていく意志を描いた良い作品でした。
ただ、「となり町戦争」では、多くのこと、あまりに多くのことが盛り込まれているだけに(それがデビュー作というものかもしれませんが)、一冊の本としての完成度としては、「バスジャック」に一歩を譲るような気がしました。ここのところは、完全に趣味の問題かもしれませんが。
そして、この「鼓笛隊の襲来」を読むと、短編の方がワタクシには今のところこの作家はしっくり来るようだと思いました。どれにも奇抜な設定の中に不思議な懐かしさがあるものですが、その不思議な懐かしさと一緒にあるのが、恐怖だったり幸福感だったり孤独だったり未来への希望だったり。また、透明で淡々とした叙情性(様々な温度の場合がありますが)は共通しています。

一つあげるとすれば表題作の「鼓笛隊の襲来」。自然との共生、世代間の対立の和解などが、描かれますが、人や物とかかわる力を失ってきた現代の我々にとって、とても貴重なメッセージを発する話です。それが「赤道直下に発生した戦後最大級の鼓笛隊」が列島を直撃する、というどこかユーモラスで突飛なストーリーとして描かれます。これが本書でのワタクシの一番のお気に入りです。

メッセージといえば、星の王子様のキツネの「大切なことは目に見えないんだ」にも通ずる、我々の目に見えているものというのはこの世界のほんの一部で、そして見えないものもすべて受け入れて生きていくことが大切なのだ、という、すべてを包む受容性とある意味での積極的な考え方は、すべての作品に通じているように思いました。

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2009.01.10

図書館リニューアル

ワタクシは三鷹市の住人ですが、愛用の市立図書館の利用手続きが今年から変わりました。
今までも、インターネットを使って、資料を検索しての予約、自分の借りている状況の確認(期限とか)、貸出期限の延長(他に予約がない場合のみ1回に限り)などができましたし、予約した資料が貸し出し可能になったときの携帯メールへの連絡もあったりして、非常に使い勝手の良い図書館でした。(システムを担当したのはIBMとのこと。)

で、今回大きく変わったのは、図書館で実際に本を借りる際の手続き。
今までは、借りる本をもってカウンターに行き、図書館カード(これもリライト方式でなかなか感動的)と一緒に係の人に渡すと、係の人がカードを読み取り機に差し込んで本に付いている図書館のバーコードを読み取り手続き完了、ということだったのですが、今度は、自分で本を持って貸出テーブルのところに行きます。図書館カードを読み取り機に差し込み、本をテーブルの上に置くと、画面に借りようとしている本の一覧が出ます。それでよければOKを押して、これで手続き完了です。カードは書き換えられています。

本(だけでなくCDも同じなのですが)に、この半年くらいかかってICを付けたんですね。そうすると、テーブルの上に積み重ねて置くだけで、機械がICタグから情報を読み取ってくれるのです。何というか、まあ、Suicaとかと同じ方式ということだと思えば、そんなにびっくりするほどのことではないのでしょうが、でも、新鮮です。あ、もちろん、図書館への出入り口のところにはゲートがあって、貸し出し手続きをせずに本を持ち出そうとすると引っかかる仕組みになっています。

市のウェブサイトに載っている内覧会の模様です。

何か、未来都市に来てしまったような感じです(笑)。でも、考えてみると、そういうインターフェースでも対応できるように人間の方も進歩(?)してきているんですよねぇ、きっと。ATMとかタッチパネル式の新幹線切符販売機とか、辺りを見回すとそういうものはたくさんあって、そうでなければ、いきなり図書館だけこんな感じになっても、きっと使い方に不安を覚える人だらけという状態になってしまうのではないでしょうか。

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