2008.04.08
「モーツァルトのドン・ジョヴァンニ」。著者のアンソニー・ルーデルは、シルズと共にニューヨーク・シティ・オペラで一時代を築いたユリウス・ルーデルの息子です。
話の設定は、上のamazonのリンクで大体見られますが、「ドン・ジョヴァンニ」の初演の頃にダ・ポンテとモーツァルト(は当然としても)、そしてカザノヴァが同時に滞在していたのは史実だそうで、フィクションではあるものの、さもありなん、といった趣の話に仕上がっています。なかなか楽しめます。
ワタクシ的にツボにはまったのは、作中の登場人物たちが、まるでモーツァルトのオペラの登場人物を模倣するかのような行動をするところ。ここは「コシ」、ここは「フィガロ」、ここは「魔笛」なんていうところがぞろぞろ(でもないか)出てきます。
そうすると、ちょうど劇中劇的な効果を生んで、読み手も登場人物への感情移入がしやすくなるというもの。
読了直後の今は、ちゃんとこの話はフィクション、と頭の中で整理できていますが、何年か経つと「そういえばサドの手紙をモーツァルトが読んでいたんだってね」とか、あやふやな記憶の中から「史実」としてよみがえってきてしまいそうで怖いです。
ワタクシは図書館で借りて読みましたが、amazonでは新本としては入手できない模様です。
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2008.03.16
この、指揮者とかオーケストラの楽員、器楽奏者、歌手たちのエピソード集、存在は知っていましたが、この間買って通読しました。エピソード自体は、面白がれるものも多かったのですが、読み終わって、楽しかった、という風にはなりませんでした。残念。
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2008.03.11
岸本佐知子さんという翻訳者のことは、もともと「中二階」の訳者として知ったのでした。その後CLASSICAさんで「気になる部分」、「ねにもつタイプ」それぞれの紹介を読み、という順番で、まさにiioさんのおっしゃるとおりのルートだったのですが、これらはパリ時代だったので、実物を手に取ることなく今日まできていたのでした。
それが、図書館で蔵書の検索をかけていたときに、天啓のように「岸本佐知子」の名前が降りてきて、「ねにもつタイプ」を見つけ、借りたのでした。
面白い。
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2008.03.06
表題書、存在を不明ながら知りませんでした。
週末に市立図書館で見つけて借りてきました。なんておもしろい本なんでしょう。語り尽くせません。オークションや古本市場では5000円近い値が付いている絶版本とのことです(定価は1800円)。
まだ全体の3分の1くらいしか読み終わっていませんが、こんな記述が。ちょっと長いですが。
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2008.01.14
よしながふみは、1月か2月前に新聞で紹介された「きのう何食べた?」を読んだのが最初です。なかなか繊細で良い感じだと気に入り、次に手を伸ばしたのがこの「大奥」。
知っている人は知っているのでしょうけれど、これはすごい作品です。男と女の逆転の大奥、なんて単なるキワ物かもと思ったのですが、いや、構想も壮大だし細部までゆるがせにしない非常に丹念に作り込まれた作品です、これ。すっかり圧倒されました。
単行本が3巻まで出ているのに今頃こんなことを言っていて不明を恥じるばかりなのですが、未読の方にはまずは読んで頂くしか。
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2007.12.20
「鴨川ホルモー」の続編的な腰巻きの文句(「今度のテーマは「恋」!!」とか)なんですが、いわゆるスピンオフ作品というやつですね、これは。短篇6作からなっているんですが、それぞれが、「鴨川ホルモー」の主人公や脇役たちの外伝であり、しかも、その6作の中でも重なりがあるというように、重層的に出来ています。「ホルモー・ワールド」です。時間的にも、現代だけでなく、80年前、120年前と広がりを見せていますし、舞台は京都を飛び出して、まだ見ぬ新たな長編のスピンオフに既になっている(というか、予告篇か)という趣もあります。
さらに、世界はホルモーを越えて、「鹿男あをによし」(これも面白いですが、「ホルモー」に比べると奇想天外さが少し落ちる)の世界ともつながっており、出版社の惹句そのままで悔しいですが、「万場目ワールド」を形作っています。
短篇なので、ずっしりとした読後感には劣りますが、それでも満足です。次の長編が楽しみです。
ところで、昭和の大作曲家である万場目正は、「まんじょうめ」と読むのですよねぇ。この人は「まきめ」だけれど。
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2007.11.23
職場の知人に薦められて読みました。
ワタクシなどが取り上げずとも本屋では何面も使って平積みになっていますが、これは本当に面白かったです。「鴨川ホルモー」以来の一気読みでした。やっぱり、フランスにいた間に話題になった本や作家、なるべくフォローしていたつもりではあったのですが、全然アンテナに引っかかっていなかったのでした。まあ、これから新しく知る楽しみが残されているというところでしょうか。
で、当然のように「ナイチンゲールの沈黙」を買いに走ったのですが、今のところ3件(東京駅構内のブックエキスプレス、吉祥寺弘栄堂、吉祥寺啓文堂)回ってもいずれも在庫切れです。本腰入れて探さないと。その代わり、「ジェネラル・ルージュの凱旋」、「螺鈿迷宮」、「死因不明社会」とまとめ買いしてきました。だって、「ナイチンゲール」が在庫薄なのは「チーム・バチスタ」を読んで買いに走った人が多いってことじゃないかと思うわけで、このまま行くと「ジェネラル」とか「螺鈿」とかが品薄になるのではないかとおそれてのことであります。平積みになっていた近刊の「ブラックペアン1988」と「夢見る黄金地球儀」は、まあ、まだ大丈夫でしょう。
しかし、ワタクシにこの本を教えてくれた大恩あるくだんの知人によれば「やっぱり順番通りに読むべき」とのことなので、早く「ナイチンゲール」をゲットせねば、です。
ところで、ワタクシは特にミステリーのファンと言うことではなく、このミスにランキング入りするような本はろくに読んでいません。そんなワタクシが面白く読めたのは、謎解きやスリルとサスペンスみたいな要素ではなく、作者の人間洞察や強烈なキャラクター設定の妙ゆえのことと思っています。
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2007.10.06
7月の末に出たときに買ったのですが、ようやく読み終えました。間にどんどん興味を引かれる本が出てきてしまうものですから。
で、内容はいつも(?)の丸谷ぶしで楽しく読んだのですが、帯の惹句は、ワタクシとしてはあまりいただけないように思いました。
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2007.10.04
「村上春樹にご用心」、読了しました。
これって、ワタクシが村上春樹について考えていたことじゃないか、と思わされてしまうような好著でした。余談ながら(ってこのブログ、全部余談みたいなものですが)、何となくもやもやっと感じていたことを、言葉にして誰かが言ってくれるのに接するとき、「そうそう、そうなんだよ」と膝を打ち、「それが私が言いたかったことなんだ」ということは少なからずあります。実際にそうであるときもあるでしょうが、著者の手管に引っかかり、そう思わされているときもあるのかもしれません(もちろん、著者を称えているのです、ワタクシは)。
さて、ワタクシは、村上春樹は「面白くて為になる」ところが素晴らしくそれ故に好き、と常々思っていて、もしかしたらここにもそう書いたことがあるかもしれません。
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2007.09.30
内田樹の新刊です。ブログによると、とにかくお忙しく仕事をしていらっしゃるようですが、その結果出てくる出版物の数はなかなか膨大で、とても読み切れずにいます。が、出たものは原則買う(少なくとも本屋で手に取る)という対象です。
で、村上春樹も同じです。不見転などというのは今日日使ってはいけない言葉なのかもしれませんが、まあ、そういう状態です。
ですから、亭主にとっては、この組み合わせは非常においしいもので、もう、ずいぶん前から楽しみにしておりました。
しかも、クラシカさんで紹介されていたアルテスパブリッシングの記念すべき第一作(と言って良いのか)であります。買って読まずにいらりょうか。
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2007.09.02
カルショウ著のショルティの「指環」の録音ドキュメント、新訳の登場です。
いやぁ、うれしいです。
前の黒田恭一訳を読んだのは多分高校生の時ですが、もう一遍読みたいという思いが強くなったのは、「レコードはまっすぐに」を山崎浩太郎さんの訳で読んでからです。復刊リクエストの一票を投じた復刊ドットコムからメールが来たのが、7月の末。おお、ついに復刊かぁ、と喜んだところ、よく見ると、それは黒田氏訳の復活ではなく、山崎さんの新訳!
「レコードはまっすぐに」の訳者あとがきの最後に「学生時代以来の『ニーベルングの指環』愛読者の一人として、その復活を強く願いつつ」と書かれているご本人が自ら新訳を出すことになったわけです。快挙です。
即注文し、昨日届きました。まだ読んでいませんが、これは面白いに決まっています。強くお勧めです。
版元のページはこちら。
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2007.08.21
岡田斗司夫の最新作(たぶん)です。新潮新書。
まだ読み出したばかりですが、これは面白いです。50キロのダイエット体験を基にしているのは言うまではありませんが、第一章は「「見た目主義社会」の到来」です。なぜやせなくちゃいけないか、というところから入るわけです。理由は単純明快で「デブ」は損をするから、ということです。健康面とか選べる服の範囲の狭さとかそういう点ではなくて、太っていると「デブ」というキャラ付けがなされて、それにより、仕事を含んだ対人生活でどんどん損をしていく、とそういう主張です。そうして、痩せると自分も(肉体的にも)楽だけれど、周囲の人の文字通り自分を見る目が変わってくるのが実感できて、これが一番大きなメリットだと。
実はココまでしか読んでいませんが、これはきっと面白いと確信させる本です。
亭主も太っており、過去に20キロと30キロのダイエットに一度ずつ成功していますので、彼の主張には実感を持って首肯することができます(ちなみに岡田氏も20キロと30キロのダイエットに一度ずつ成功している由)。
ダイエット関係の本の名著ナンバーワンは、岩城宏之の「男のためのヤセる本」だと信じておりますが、もしかして、その牙城を揺るがすかもしれません。
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2007.07.11
坂本くんのところで、「考える人」の標記特集号が取り上げられていました。
そう、ワタクシも、先々週だったかのNHK、ETVスペシャル(だったかな)での堀江敏幸氏がインタビュアーとなった吉田秀和氏の番組を熱心に見た口ですが、こっちの雑誌の方は読み始めるまで同じ一つのインタビューを素材にしたものだということに気がつきませんでした。
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2007.07.04

本屋に行ったら、最新作(第2作?)の「鹿男あをによし」を並んで平積みになっており、アビー・ロード@京都のジャケット、じゃない、装丁に目もひかれて買って来ました。
一気呵成でした。
面白かったです。昨年出版されたときには大きな話題となったみたいですし、今更かもしれませんが、一揆読みは久しぶりだったので、感想を一言。
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2007.06.27
2005.09.02
はんぶるの山崎浩太郎さんが訳されたジョン・カルショーの自伝「レコードはまっすぐに」を読了しました。
カルショーの本というと、私の世代には「ニーベルングの指輪」が何とも懐かしいのですが、この「レコードはまっすぐに」は、彼が携わったレコード制作全般の現場や裏側で起きていたことのエピソードが中心となっています。
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2005.07.14
坂本くんのところで紹介されていた"Mozart in the jungle"を入手しようとしたんですが、これがなかなか大変でした。
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2005.05.25
CLASSICAさんのエントリを読んで「中二階」を読みたい、と表明したのは昨年8月のことだった。現在着々と読んでいる(というほど時間のかかるものでもないはずなのだが)。
で、その時に引用されていたLPのえさ箱を漁る光景のみならず、この本にはレコードプレーヤーの針のクリーニングなどという涙が止まらなくなる(嘘)描写もあることが分かってきたのだが、ちょっと引っかかることが一つ。
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2004.08.17
CLASSICAでニコルソン・ベイカーという作家の小説「中二階」が紹介されていた。引用されている一節は、40歳以上、いや35歳以上のレコード店入り浸りのファンにはたまらなく懐かしい光景である。いや、今だって中古レコード店に行けば同じ経験はもちろんできるのだが、CD時代になって久しい(もう25年くらい経っている)今、高校生の頃にフラッシュバックするような感覚である。
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2003.11.10
「輝く日の宮」の余勢を駆って、最新のエッセー?集である「絵具屋の女房」、ずいぶん放っておいた「思考のレッスン」と、丸谷才一を続けて読む。
前者は「オール讀物」への連載を本にしたもので、もう3冊か4冊出ている。「男もの、女もの」とか。で、このシリーズは一貫して和田誠の装幀画なのだが、途中から同じ単行本でもソフトカバー(と言うらしい)になっているんですね。「絵具屋の女房」をしまいに行って気が付いた。
後者は既に昨年文庫化されていることを、読み終えてから知った。読む前に知らずに良かったと思う。経験のある人は分かると思うが、買ってきて積んで置いた本がいつしか文庫本化されてしまうと、読むインセンティブが一気に下がるものだから。
逆のケースは、読んでいない岩波文庫(でなくても良いのだが)が、ある日絶版になっているのに気が付く場合。読む気が起きる。ただ、だからといって、読み終えるかどうかは分からないし、実のところは読み出すとも限らないのだが。。。
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2003.10.01
岩井克人が小林秀雄賞というものを受賞したとのことである。「これから会社はどうなるのか」という著作に対してのものだそうで、そっちの方面に疎いワタクシは、こんな本が出ていたことも知らなかったが(でも、この本はこの本で面白そう)、それを伝える記事で、目を引いたのはこの経済学者の奥さんが水村美苗だということ。知らなかった。
水村美苗といえば「続明暗」である。出版当時、話題となったこの作品、買いはしたものの読んでおらず、そうこうするうちに文庫入りしたのもはるか昔のこと。それにつけてもハードカバーで買った本が読まないうちに文庫化されるのは、とても寂しいものだ(もちろん読んでいないこっちが悪い)。
というようなことを言いたいわけではなく、ふと思ったのは、下の「輝く日の宮」の主人公のモデルは水村美苗ではないかということ。モデルというと言い過ぎかもしれないが。一つのヒントになっているのではないか。未完に終わった過去の名作の「補作」というべき創作をする日本文学の研究者でパートナーが社会の別の分野で名を成している人、という、書いてみるとそれだけのことで、何の証拠もないけれど。
でも、考えてみれば「本格小説」も丸谷の好みさうな作品と言ふやうに感じられますね。などと、突然旧仮名づかひになつたりするのであるが、実はこの作品に対する彼の評価は全然知らないのであつた。しかし、確かでない話を書くときには小説の形にする必要があるのでせうね。もつとも、この「断想」だって別に論文といふわけぢゃあなし、別にかまはないか。
ところで、関西弁に自動変換してくれるソフトがあると読んだ記憶がある(話が突如変わって申し訳ない)が、現代仮名遣いで入力したら旧仮名に変換されるFEP(と言って良いものやら)があったら結構良いのに。もしかしたら既にあるのかも。そもそも、ワ行のイ段とエ段の字の出し方が分からない。
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2003.09.21
遅ればせながら丸谷才一の「輝く日の宮」を読んだ。文学論あり、戯曲仕立てあり、作者自身が顔を出すエッセイ風の部分あり、劇中劇ならぬ作中作ありである。藝の見本帖みたいな感もあるが、それは、読者へのサーヴィスであると同時に小説の世界と現実世界をないまぜにする仕掛けなのである。作品世界の中でのいくつかの層の間での照応というか比喩というか、そういった要素もふんだんにあり、これも小説の世界が我々の生きる現実へ染み出してくる、というか、我々が引き込まれていく、というか、ともかくそうした機能を果たしている。思えば、「本歌どり」という手法にはそういう側面があるのではないだろうか。
もう一つ。この「輝く日の宮」は「ユリシーズ」(実は読んでいないが)へのオマージュではあるまいか。集英社文庫に新訳も入ったことだし、一つここは挑戦してみようかなどと思ったりした。「源氏物語」はおろか「おくの細道」も読んでいないことに気が付かされてしまったのだが。
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