日記・コラム・つぶやき
2008.04.24
2008.01.11
痛い目に遭わないと分からない
12月半ばにちょっとしたことで右の肋骨にひびが入り(推定)、2~3週間かかると医者に言われました。高い所の物は取れないし、くしゃみとか咳とかすると飛び上がるほど痛いし、結構大変だったのですが、それがようやく癒えつつあった12月末、転倒して今度は左の脇腹をしたたかに打ちました。当初痛みは脇腹の下の方(ベルト辺り)から背面にかけてだったので打撲だろうと思っていましたが、気がつくと左の肋骨部分も痛いのです、右と同様。そして、今、左の肋骨の痛みのみが残っているので、こちらも骨をやってしまったのではないかと。
で、そんな痛みを抱えた正月、つらつら「痛み」について考えました。
2008.01.09
元日の開店に思う
コンビニというのは年中無休というコンセプトのものだから仕方がないとしてもですよ、いつからこの国ではスーパーとか量販店とかが1月1日から開店して営業するようになってしまったのでしょうか。
これは、正しくないことだと思います。
これは、いわゆる「学力低下」の遠因だと思います。
なぜか。
みんな、自分が(王様である)消費者だと思う社会だからです。
以上、証明終わり、では身も蓋もないので、もう少し。
2007.12.21
オペラの効用または「無視力」
ひょんなことから見始めた日テレの土曜9時のドラマ「ドリーム・アゲイン」。無事に終了し、ワタクシ完視しました。ジャイアンツが好きってわけでもさらさら無いんですが。たまたま第1回を見てしまうと、ついつい最後まで見ざるを得なくなってしまう、ってこと、ありますよね。
それはともかく、このドラマ、設定及び筋の展開にかなり無理や矛盾があり、毎回のようにツッコミどころ満載でした。特に最後の超力業による大団円ハッピーエンドは、それはないだろう、と良識ある読者なら思ってしまうところです。
が、ワタクシは動じません。
オペラで鍛えたから。
オペラの場合は音楽&うたの力で、荒唐無稽な、あるいは思いっきり理不尽な(不条理ではなく)、さらには内容のないくだらない話でも、感動できたりしてしまうわけですが、おかげさまで、ワタクシ、そういう点にたやすく目をつぶることが出来る力が醸成されました。音楽無しでも大丈夫です。
「これを気にしたら楽しめない」という信号を関知した瞬間、それは見ないこと、聞かないこと、考えないことにする、という「無視力」です。エンターテイメントで甘美な夢に酔うためには必要な力です。
現実世界で力を発揮させると危ないことにはなりますが。。。
2007.11.25
大量アクセスの理由
別にマーケティングをしているわけではありませんが、ワタクシだって何人くらいの方が当館にお越しになっているかは気になります。そこで、たまに、ココログのアクセス解析でチェックしているんですが、一日平均で60~70人(アクセス数だとその倍くらい)といったところです。こんなに見に来てくれる方がいらっしゃるのは、ありがたいことです。
ところが、今朝見てみると、昨日の訪問者数は276人!いったい何が起きたんだ?!
2007.10.26
電動歯ブラシを買い換えました
電動歯ブラシにしたのはパリに行く前のことでしたから、5年くらいは続いています。今までは、クレストというメーカーのものを使っていました。アメリカのメーカーでしょうか、替ブラシはパリのスーパーでも購入可能でした。
ですが、最近電池交換をしても、ブラシが力無く動くのみとなってきたので、買い換えることにしたんです。
2007.10.25
味の素スタジアム
CLASSICAさんで紹介されていた、えのきどいちろうの「サッカー茶柱観測所」を読んでおります。
確かに面白いです。
2002年からの連載の単行本化に際して、後日談のようなものが追加されている場合もあるのが、味わい深いところもあります。
この本の面白さは読んで頂くしかないのですが、反応してしまったのは、2003年4月15日付けの記事(?)「味スタへようこそ」。
2007.10.11
ひこにゃん
また、模様替えをして何か、と思われたかもしれません。
ワタクシがひこにゃんのことを知ったのは、今年の夏でしたからかなり遅い方ではないかと思います。夕刻のニュースショーで、ひこにゃんの豪徳寺訪問、というニュースが流れていたのです。
なんで、この彦根のネコのキャラクターが豪徳寺に??と思ったワタクシ、まだまだ歴史の勉強が足りませんでした。ひこにゃん&豪徳寺&招き猫&井伊直孝の来歴を知り、ホームページやブログでひこにゃんの涙ぐましい活躍を知るにつけ、ひこにゃんへの想いは募るばかり。
しかし、ガーター亭で書くのは、有楽町の交通会館?で売られているらしいグッズを入手してから、いやいや生ひこにゃんに会ってから、などと考えている内にすっかりその機会を得ずに今日まで来てしまいました。
が、なんたる天佑でありましょう。ひこにゃんのリッチテンプレート、ついに登場。で、早速採用したというわけです。「ひこにゃんとワタクシ」も書けたし、めでたしめでたし。
2007.09.06
モアイ像@丸ビル又は世紀の誤訳
今、丸ビル1階スペースにモアイ像が展示されています。日本・チリの修好110周年を記念する事業の一つで、イースター島から運んできたそうです。1992年製作という新しいものではありますが、マナ(霊力)を入れる儀式を行った「本物」とのこと。「平和のモアイ(EL MOAI DE LA PAZ)」と名付けられて、世界を回っているのだそうです。
毎日、朝日、読売がそろって取り上げていますが、いずれも正面側の写真しか載っていない(当然ですが)ので、背面の写真を載せておきます。なかなか、凝った模様が掘ってあります。
また、石像の周囲には、製作の過程や歴史的背景などを説明する写真パネルも沢山展示されていて、非常に興味深いです。が、そのパネルの文章がどうもいただけません。たぶんスペイン語からの訳なのでしょうが、直訳調というに止まらず、日本語としておかしいのです。内容としては面白いだけに残念。その中で、ミスにしても、ちょっとないんじゃないかなぁというのが、これです。
2007.08.29
遠近両用
近視用のメガネをかけ始めたのは中学生の時だから、もう35年近く前のこと。昔は度が進んだり、乱視が加わったり(?)など、メガネを作り直す必要が結構頻繁だったのですが、その後は安定して、物理的にメガネが壊れたり、紛失したり(海で泳いでいて(!)なくしてしまった)したために買い直す機会の検眼結果は前回と同じ、ということが続いていました。目に関しては特に問題もなく過ごしてきたのです。
ところが、2年ほど前、会議中、どうも資料、特に細かい字のものがどうも読みにくい。
2007.08.26
2007.08.25
旧友再会&ダイエット再開
とある人のブログで、とある旧友の消息を知り、メールしました。大学時代に一緒のコトをやっていたのですが、その後は、街で多分1回偶然会ったことがあるだけで、働きはじめた当初の仕事はお互い知っているものの連絡を取るわけでもなく、推定18年ぶりでした。
2007.08.18
誕生日
以前に、ウィキペディアで同い年の人が分かるとご報告しましたが、同じ誕生日の有名人も分かることを発見しました。
まず、ここに行って、該当の日付をクリックすると、その日の歴史上の主な出来事、その日が誕生日の人、その日に亡くなった人などが表示されます。マンガの主人公などフィクションの人物も含まれたりします。
へぇ、フランク、メシアン、テミルカーノフ、吉野直子と誕生日が一緒なんだ、ワタクシは。ハイフェッツが亡くなった日でもあるようです。年ごとに並んでいますので、場合によっては生年月日が同じ人が見つかることもあります。
亭主と生年月日まで同じ人は、佐藤浩市、ケネス・ブラナーでした。俳優さんの当たり日なのかも。
「魔笛」の映画は、コンロンが指揮を担当しているし歌詞が英語なので見ないつもりでしたが、こりゃぁ、見ざるを得ないかも(嘘、見ません)。
2007.08.13
2007.07.19
脳内メーカー
巷で噂の脳内メーカー、やってみました。なかなか混んでいて現時点ではつながりにくいようですが。
名前によって、脳の中がどういう要素でどのように占められているかをはじき出してくれるというものです。
亭主、試してみました。
2007.07.06
2007.07.05
2007.06.13
耳掻き
軽い気持ちで「耳掻きはありますか」と店員さんに訊いたのですが、案内された売り場でその充実振りにワタクシびっくりいたしました。3年間日本を空けている間にこうなってしまったのでしょうか。それとも、もっと昔からのことなのでしょうか??
2007.06.09
2007.06.03
プロジェクト・フィンランド
在日フィンランド大使館が、プロジェクト・フィンランドというのをオープンしました。小学校高学年~中学生向けの学習支援サイトで、調べ学習とか、そういうのの素材を提供するというものです。
2007.06.01
2007.05.29
ポケットティッシュ
通勤途上、JR駅近くでポケットティッシュ配りによく遭遇します。ワタクシは積極的に貰うことにしていますので、すぐに使い切れないほどの量のポケットティッシュが溜まります。昨日の朝も2つ貰いました。
2007.05.03
帰国しました
4月30日、日本に帰りました。3年間のパリ生活でした。
帰国前には非常にバタバタして、ブログへのエントリもままならず、更新できずにいたこと、お詫び申し上げます。
こちらでの生活も慌ただしいと思いますが、ガーター亭はめげずに続けていく所存ですので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
なお、帰国に伴い(?)ココログへのコメントが自分で出来るようになりましたので、あわせお知らせ致します。
2007.03.09
2007.03.01
歪んだ建物

このしだれ柳状の建物、何だかお化け屋敷のようですね。あるいは、遊園地の不思議館みたいなところで、こういう風にデフォルメされて鏡に映った己の姿を思い起こす向きもあるかもしれません。亭主のカメラがいかれてしまったのか、それとも特殊効果レンズを使って撮影したのか。
いえいえ、、、
2007.02.26
二・二六
「ローマ人の物語」(文庫版だと第13巻の19ページ)に、以下のような記述があります。
ラテン語で「Idus Martiae」としようが、英語で「The ides of March」としようげ、イタリア語で「Idi di marzo」としようが、「三月十五日」と書けば、西欧人ならばそれがカエサル暗殺の日であることは、説明の要もないくらいの常識になっている。西洋史でも屈指の劇的な一日、ということだ。
そんなものかと思っていましたが、この間実例に接しました。
2007.02.04
次回エントリ予定
次の更新(とは言わないですね、ブログだから)は2月10日(か11日)になります。
ディマンシュ・マタンとかのことを書きたいんですが、時間がありません。
Piongに3回も書かれると危機感を覚えますが、今週はいかにも厳しいので。
暖冬のパリからでした。
2007.01.20
2007.01.10
車のトラブル
ワタクシが乗っている車は、オートマなんですが、ギヤがシフトアップしないという状態になって既に2年を経過しています。ちなみに手動でシフトアップしてあげようと思ってもダメで、常にローで走ることを余儀なくされております。まあ、ローと言ってもオートマのローですから、感覚的にはセカンドなんですが、いずれにしても、頑張っても70キロくらいが最高速度です。
複数の海外勤務者の間でそれぞれの任期中使い回されてきた車で、走行距離は12万キロくらいはいっていたものですから、もちろん丁寧に乗っていればそんなことはあまり無いことなのですが、こういうことが起きても仕方ない、ということではあります。
しかし、当時、修理には部品代だけで3000ユーロと言われ(オートマのギヤボックス?の交換しかないとのこと)、自家用車の使用はパリ市内に限ることとして、だましだまし使ってきたのでした。多分この車とつきあうのも2年半くらいであろう、ということもありまして。スピードの出る川岸の道路では結構頑張らないといけませんが、まあ、普通の道では普通に走れてきたのでした。
ところが昨夜。
2006.12.27
”さん”付け
突然なぜか思い出してしまったのですが、ワタクシ、指揮者や野球選手の名前に「さん」をつけて呼ぶのに、激しい違和感を保っていました。
いや、個人的にお知り合いの方なら(多分黒田恭一さんとかはそうなのでしょう)別に良いと思うんですが、格の違うような相手を「さん」付けで呼ぶのってかえって失礼ではないかと思うのですね。
例が古くてすみませんが、「王さん」「長嶋さん」「カラヤンさん」「ベームさん」。こういうのは気持ちが悪いです、ワタクシ。
「王」、「カラヤン」ですよねぇ、やっぱり。
2006.12.19
2006.12.15
病気で盛り上がる
イタリア人と仕事の食事をしたのですが、飲み物はお茶で良いと言うのです。このおじさん(多分ワタクシより5~10歳上の50代半ばといった感じ)、数ヶ月前に先方のセットでイタリア料理店に行ったときには「ワイン無しの食事なんて考えられない」という勢いだったので、アレ?と思いましたが、もしかしたら和食とワインは主義に反するので日本茶にしているのかな、と、あまり気に留めずにいました。
すると食後に、コーヒーは?との問に「いらない」と。「コーヒーはやめているんだ」「タバコもやめた」(そういえば前回は葉巻をくゆらしていました)「酒も控えている」「血圧が高いんだ」と。
2006.11.19
2006.08.24
風船
月曜日夜9時半頃のことです。オペラ通りの入り口の交差点を車で通りかかると、検問のようなことをやっています。このパリの町での検問というヤツ、通りかかるすべての車を対象にするわけではないことが殆どで、ワタクシは悪者に見えないせいか、殆ど「行け、行け」の側になって止められずにすんでおりました。テロ対策など警備上のことが多いのではないかと思いますが、今ひとつどういう基準で止めているのか分からないのですけれどもね。
この日のものは、見ていると地方ナンバーやタクシーはスルーして、パリの住人を対象にしているようでした。
で、現れた警官はワタクシにビニール袋に入った何かを渡すのです。これって、、、
2006.08.22
2006.08.07
凱旋門広場工事中

バカンスの時期は、パリの人口が目に見えて減ります。路上駐車も格段にしやすくなりますし、交通量も大幅に少なくなります。そこで、普段はちょっと出来ないような場所の道路工事が夏には真っ盛りとなるわけです。
去年もそうだったような気がしますが、凱旋門広場の敷石の敷き直しが行われています。さすがに全部止めてしまうと少ない交通量であっても影響大なので、少しずつ場所を変えながら工事が行われています。
該当箇所にはフェンスがはられ、交通が遮断されます。凱旋門に通ずる道も一部一方通行になったりします。
しかし、こうなると、普段とは車の流れがかなり異なってくるので、注意して運転することが必要となります。思いがけないところから突っ込んで行ったり来られたりすることになるからです。
また、イギリスのラウンドアバウトとは逆でフランスのロンポワンは入る車優先が原則です。右側優先のルールが適用されるからです。ところが、最近では(特に郊外や地方都市で)中にいる車優先のロンポワンが増えています。そうでないとロンポワン内の車の量がどんどん増えて動きがとれず収拾がつかなくなるからだろうと想像していますが、そういうロンポワンの入り口には「あなたには優先権はない」とかいう標識があります(あくまで「例外」だからでしょう)。ところが、今や例外の方が多数になってきており、どうも、ロンポワンは入る車優先ということが体に染みついていない(特にパリ以外や外国の)ドライバーが増えてきているのではないかと邪推しております。
ということで、夏の凱旋門広場は運転に一層の注意が必要となる、という話でした。
2006.07.28
お色直し
パリでは、決して良いとは言えない空気にさらされている建物は、徐々に黒ずんできます。昔はそれを放置していたので、その黒ずんだ建物がパリのイメージだったのだそうですが、今では何年に一度かお色直しが義務づけられています。アンドレ・マルローが文化大臣の時に始めたことだと聞きました。
上の写真は、グラン・パレが、そのお色直しをしている最中のものです。クレーン車の先につけられたユニットでは、細かい砂?の入った水が高圧で噴射されて、それによって建物の表面の汚れを取っているのだ、と聞いたことがありますが、真偽のほどは知りません。本当だとすると砂消しゴムみたいなものでしょうか。建物の表面も少しは削り取っているのでしょうね。
掃除をされて白くなった部分とこれから掃除される黒ずんだ部分の色の違いが見て取って頂けると思います。
2006.07.26
革命記念日(2)
歩兵の行進の中で、何と言っても人目を引いていたのは、これでした。

アルプスの山岳部隊、戦闘機部隊とも書いてあるのですが、空軍でしょうか?ワタクシ、そちらの方は不案内なので判りませぬ。
2006.07.10
カメラ買い換え
今まで使っていたのは、リコーのカプリオR2という機種でした。ワタクシのようなものがお気軽に撮るには少々高機能過ぎの感もあったのですが、楽しく使っておりました。
しかし、フランス・ポルトガル戦の夜、電源を入れたまま(ということはボディからレンズが飛び出た形のまま)取り落としてしまい、以後使えなくなりました。あ、激しい人混みに押されて、とかそういうことではありません。単に、ストラップが数日前に切れたのにそのままにしていたワタクシのミスです。
2006.06.17
凱旋門に、、、

フランスvsスイス戦のあった日、試合後の時間に凱旋門広場を通ったのですが、何だか人だかりがしていて警察が規制をしていました。上の写真、よく見ると分かるのですが、凱旋門のアーチの上のテラス状の部分に人がいるのです。
2006.05.31
浅ヤン
なぜか、CLASSICAさんで笑っていいともが取り上げられていました。もう、10年は見ていないだろうなぁ。働き始めてからは基本的に生放送は見ていないので、そこから数えると20年になります。しかし。学生時代は毎日のように見ていましたです(というと学校にあまり行っていないのがバレてしまいますが)。
2006.05.29
ノーメンクラトゥーラ

「音楽家の道」シリーズでは、道の長さとか開通年とかのデータを紹介することもありますが、もちろん、タネ本があります。上の"DICTIONNAIRE HISTORIQUE DES RUES DE PARIS"という本です。上下2巻本で、基礎データの他に昔の写真が載っていたり、何番地には昔誰それが住んでいたなんていう情報もあって、なかなか楽しい本です。
ですが、最近、公式データ?だけなら、ウェブサイトで見つけられることが分かり、もっぱらそれを愛用しております。
2006.05.17
何となくざわつくパリ
今日のパリは何となくざわついています。
警官が多く出て検問やらをやっているのは、セネガル大統領がユネスコの平和賞受賞のために(?)
来仏し、それにあわせて仏語圏アフリカの元首も複数来ているからでしょう。
下院では、ドビルパン首相に対する問責決議案(日本で言えばこれに当たると思われます)が審議され、野党社会党の提出なわけですが、与党の一部も同調するとかしないとかきな臭い話が続いています(結局否決された)。
町の中には、「明日のチャンピオンズリーグの決勝のチケット求む」と書いた紙をもって歩いている人(海外からの客と思われます)も多く、両チームのユニを来た人も目立つようになってきました。開催地のサンドニ市役所には武器を持った2人の男が、会議中の会議室(市長の執務室の隣の部屋)に押し入り、そこにいた人々を脅迫してチケットを要求したなんていう事件もおきました。今、闇ルートでは相場は1枚2000ユーロとも3000ユーロとも言われています。
そして、明日は「ダヴィンチコード」の公開開始で、教会勢力との議論も再燃、などと新聞の1面に載っていたりするのは、きっとPRの一環なのでしょうね。
ということで、今日明日はなんとなくパリの町はざわついております。

/>なかなかインパクト大なものでした。





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